「なぜ微笑むのですか?」
話の途中に挟まれた質問に、男は応えない。
一瞬とまどったように視線を外し、また元通りインタビューは続く。
思わずインタビュアーがこの問いを口にした気持ちはわかる。男が今話しているのは、四十万人が殺されたヘウムノ絶滅収容所の思い出だからだ。
男の名はモルデハイ・ポドフレブニク。
収容所で生き残った二人のうちの一人だ。あのアイヒマン裁判にも、検察側証人として出廷している。
インタビューしているのは、この映画『ショアーSHOAH』を作ったクロード・ランズマン。
映画の冒頭は、もう一人の生き残りであるシモン・スレブルニクの物語が文字で流れる。次に彼がかつてナチ将校とともに渡った川を、その時歌ったと同じ民謡を口ずさみながら船に乗ってゆく。歌の上手な少年だった彼は、時々そうして外に連れ出されたという。
そして、シモン・スレブルニクも常ににこやかだ。
彼ら二人に驚かされるのは、そのたたずまいが実に「普通」だということだ。町の中を歩けば、たちまち人ごみにまぎれてしまうだろう。安っぽい劇画に毒された人間が想像するような、血なまぐさいオーラなど微塵も発してはいない。すぐ隣に座っていたとしても、何も違和感を覚えそうにない。そうと言われなければ、殺された四十万人のうちの生き残りだとは、まったくわからないだろう。
教会の祭の中、シモン・スレブルニクは人々に囲まれる。当時を記憶する人も多い。変にとがった眼鏡をかけた男が、興奮してカメラの前でまくしたてる。
「ユダヤ人たちが集められているところを見た。その中でラビが同胞たちに説いていた。自分たちはイエス・キリストを罪なくして処刑した。だから、これから何が起ころうと甘んじて受けよう、と」云々。だいたいこのような内容だ。
眼鏡の男の演説はユダヤ人虐殺について、その罪をユダヤ人の側にかぶせようとしているように聞こえた。
だが、それでも、シモン・スレブルニクは終始にこやかだった。
今、日本にユダヤ人はどれほどいるのだろう。どれだけの日本人が彼らと親しくしているだろう。ユダヤ人など、見たこともない人も多いだろう日本で、この『ショアーSHOAH』が上映されることに、どれほどの切実さがあるのだろう。
元同盟国として?