2015年6月13日土曜日

未 だ 王 化 に 染 は ず

撃則隠草  撃てば則ち草に隠(ふ)せ
追則入山  追へば則ち山に入る
故     故に
往古以来  往古より以来
未染王化  未だ王化に染(したが)はず

未だ王化に染はず (小学館文庫)

2015年6月8日月曜日

「首がとんでも動いてみせまさぁ」とジャック・デリダは言ったのだった

    川島雄三に触れるのは何度目だろう?
 代表作『幕末太陽伝』の名シーンとして、石原裕次郎扮する高杉晋作に「切る!」と船上ですごまれたとき、フランキー堺演ずる「居残り佐平次」がこう見栄を切ってみせる場面がある。
「へ、首がとんでも動いてみせまさぁ」
 これは鶴屋南北『東海道四谷怪談』での伊右衛門のセリフからとったものだろう。川島雄三の読書の幅広さとともに、それを噛み砕き己のものとしてしまう消化力には恐れ入ってしまう。このセリフは一時、『幕末太陽伝』の名セリフとして広がっていたくらいだ。(以下、ややネタバレがあります)

2015年6月4日木曜日

作られた伝統ではない本当の「伝統」というものは全然クールじゃなかったりする

 我が家には一つの「伝統」がある。
  それは、決して明かすことのできない「伝統」である。
  その「伝統」を受け容れるものだけが、我が娘の婿となりうる。
    問うなかれ、問う勿れ、問フ勿レ
    聞ケハ カナラツ
    気カ フレル

2015年6月3日水曜日

無意識はにぎやかではなやかでさわがしいもしくは勅使川原三郎『神経の湖』の感想

    無口な人間ほどおしゃべりだ。
 無口な人間がなんで無口かというと、自分相手にしゃべるのに忙しいからだ。
 しゃべるといっても何かを話すわけではない。頭の中をシグナルの塊のようなものが、拡大したり収縮したり、繁茂したり壊滅したり、成長したり退縮したり、明滅したり散開したり収斂したり回転したり硬直したり、いろいろと忙しいのだ。
 だから、普段じっと黙っている人が語りだすと、とても長くなる。

2015年5月29日金曜日

真実を語ると早死にするそうなのでなるべく嘘つきになって長生きしたほうがいいのかな【ピケティを読んだらシリーズ】

 これまで私たちは貧しさと戦い、とにかく物質的な豊かさを求めてやまなかった。しかし、そうするうちに人間の美徳や共同体的価値を、うっちゃらかしてしまったんじゃないだろうか。この国のGDPって五〇〇兆円くらいあるっていうけど、社会をGDPで評価するってことは、放射能除染やオリンピック広告や電車に飛び込んだ人を運ぶ救急車をその勘定に含めることでもある。それだけじゃない。街角にとりつけられる監視カメラや、それに映ったならず者をぶち込む刑務所、天然鮎を閉め出す河口堰、自衛隊を海外にやるための船や、いつ落ちるか何のために必要なのかわからないオスプレイ、さっぱり使用されない取調室の録音機、加藤君が振り回したナイフ、オレオレ詐欺(特殊詐欺っていうんだっけ?)で使用される電話代も電車賃も振込手数料も、犯人が手に入れた金で豪遊してホステスに渡すチップも。こういったものが全て含まれてしまうのだ。
 GDPには、子供たちの健康や教育の質の高さ、遊びの楽しさは反映されない。美しい歌やすてきな結婚も。議員がきちんと議論したとしても、公務員がきちんと仕事したとしてもだ。
 愛も勇気も友情も、アンパンマンが大切にするようなすべてのものが無価値となる。
 GDPは人生を豊かにするものを全部、どっちでもいいこととしてしか評価しないのだ………

2015年5月25日月曜日

チューリングはなぜ死んだか

失われた時を求めて(8)
―ソドムとゴモラI (岩波文庫)
『失われた時を求めて』の八巻が出たので、今読んでいる最中だ。
 いよいよ渦中となり、「ソドムとゴモラ」が始まった。同性愛者であったプルーストが、自らの想うところをこれでもかと書き連ねている。
 この本の脚注に
…………
同性愛(ホモセクシュアリティ)は、ドイツ帝国刑法第一七五条(男性間の性行為を二年以下の懲役とする)の撤廃を求めたベルリン在住のハンガリー人医師カール=マリア・ケルトベニー(一八二四−八二)が一八六九年に初めて用いた当時の新語。
…………
 とある。この言葉が用いられた当初から、犯罪行為ではないと主張するための用語だったわけだ。

2015年5月22日金曜日

鬱なるものは美しい


「鬱」とは何か。
端的に言えば、「手紙に切手を貼るのに三日かかる」という状態である。
 ではその間、頭の中では何も考えていないかというとそんなことはなくて、とてつもない「量」の思考を巡らしている。超高速で回るコマが止まって見えるようなものか。自分は苦しくて仕方がないのに、それでもまったく止まろうとしないどころか、スピードがどんどん上がっていくのが「鬱病」である。終いには苦しさのあまり自殺したりする。

2015年5月16日土曜日

かつて子供に聞かせる話には血の臭いが必要だった

 娘が小学一年生のとき、何に触発されたのか「キャンプに行きたい!」と言い出した。
「きゃ、きゃ、キャンプ〜!?」と、私は驚いたときの文楽人形のような顔になった。無理もない。それまでの人生において、キャンプなどというネイチャーでアウトドアーなことなど、一度もしたことがなかったのだ。(中学の時の野外学習は除く)
 しかし、可愛い娘の願いである。父親たるもの、きいてやらねばならぬ。父親は永遠に悲壮だと萩原朔太郎が言ったのは、こういうことだったか。(はいそこ、つっこまない!)

2015年5月14日木曜日

司馬遼太郎の小説を何年も読んでいないことに気づいてふと司馬遼太郎について書いてみたくなった

Kukai the universal―Scenes from his life
英訳『空海の風景』
 司馬遼太郎ときくと、高校受験が思い出される。
 試験の問題に出題されたとかではなく、受験勉強中についつい読みふけってしまったからだ。父親の書棚にあらかた揃っていた、というのも良くなかった。『竜馬がゆく』とか、中学生が読んだらはまらないわけがない。おかげで初めての一人旅は、高知の桂浜へ龍馬の銅像を観に行ってしまった。しかし、わざわざ足を運んだ割には大した感興も覚えず、むしろ薄暗い水族館のプールに巨大なマンボウが何匹も浮かんでいたことの方が印象に残っている。マンボウは水族館で飼うと、すぐ壁にぶつかって死んでしまう、と水槽の看板に書かれていた。

2015年5月10日日曜日

「江戸」という名の「歴史の終り」もしくは杉浦日向子『百日紅』の感想として

    昨日、また娘と一緒にアニメ映画『百日紅』を観に行った。杉浦日向子が北斎を描いた漫画、『百日紅』をアニメにしたものだ。Miss Hokusaiとよくわからない副題がついているが、主人公を娘のお栄(葛飾応為)に変えた、という意味なのだろう。
 映画の感想はともかく、杉浦日向子の漫画について、ちょこっと書いてみたいと思う。(以下ネタバレなしなので、安心してお読み下さい)

2015年5月9日土曜日

健康のためなら死ねる♪つづきのつづき

 ご存知だろうか。現代の日本において、「健康」であることは「国民の責務」となっている。

2015年5月8日金曜日

健康のためなら死ねる♪のつづき

「健康」への誘惑に人間は弱い。
 それは頭のできの良し悪しに関係なく、普段は理知的である人もとんちんかんな健康法にはまっていたりする。
 それがその人個人のものならいいが、周囲に宣伝して押しつけだしたり、さらには商売にしようとなってくると、何やらきな臭いことになってくる。

2015年5月6日水曜日

健康のためなら死ねる♪のか?

「死ぬことは恐ろしい。恐ろしさのあまり死んでしまいたくなる」と、ビアスあたりが言いそうな気もするが、実際にそうノートに書き付けたのは高校時代の私である。なんつーか、高二病?
「健康のためなら死ねる」というセリフは、ネットで検索してみたらタモリが起源ってことになってたけど、これ確かもはや名も知れぬマイナーバンドの歌にそういうフレーズがあった、はず。行きつけの呑み屋のおねえさんが、エアギターしながら歌ってくれたので憶えている。やっぱテレビの伝播力ってのはすごいね。オリジナルよりタモリ。

2015年5月4日月曜日

カチカチ価値価値何の音?もしくは古本屋はなぜ嫌われる

 二年ほど前、本宅エントリーにこんな出来事を書き付けた。(お食事中の方は失礼)

…………
 昔々その昔、娘が小学二年生の頃だったと記憶しております。
 当時の娘はわがままできかん気で泣き虫で、いやまあ今でもそうなんですが、その年頃はしょっちゅう母親からカミナリを落とされていました。そして、私はそのなだめ役にまわっておりました。

 ある夕、バレエ教室からの帰りに娘が言いました。
「パパはダイヤモンドだけど、ママはうんこだね!」
 子供って、パスタパンより底が浅いなあ、と思いつつ応えました。
「じゃあ、パパよりママの方が大事ってことだね」
「え〜なんで〜、ママはうんこなんだよ」
「だってさ、人間はうんこが出なかったら死んじゃうよ。でも、ダイヤなんかなくても死なないじゃん」

…………

2015年4月29日水曜日

本を読まぬものはやがて……

…………
それ生まれながらの閹人(えんじん)あり、人にせられたる閹人あり、これを受け容れるものは受けいるべし(マタイ伝十九章十二節)
…………

2015年4月27日月曜日

ちさいとちいさいとちゃっこい

 娘がまだ赤ん坊だった頃、妻は毎日「ちゃっこいねえ、ちゃっこいねえ」と娘を見るごとに口にした。
「ちゃっこい」というのは、方言なのか妻の家独特の言い方なのかわからないが、私も口まねして「ちゃっこい、ちゃっこい」と言った。
「ちゃっこい」というのは、「ちいさい」というよりも良い響きがあった。
「ちいさい」は反対語として「おおきい」があり、他と比較する趣があるが、「ちゃっこい」はただ「ちゃっこい」のだ。
 それはときに「ちちゃこい」になったり、さらに「ちっちゃこい」になったりもした。

2015年4月24日金曜日

つげ義春『ゲンセンカン主人』は恐ろしい漫画であるということまたは「誰でもいいから教えて『存在してない』ってどういうことなの?」の補足として

 三年ほど前に本宅で書いたエントリーで、「誰でもいいから教えて『存在してない』ってどういうことなの?」というのがある。つげ義春の『ゲンセンカン主人』について述べたものだ。
 改めて読み返してみて、「ちっとたんねーな」と思ったので、ちょこまかと追記してみたい。

2015年4月22日水曜日

溝口健二『東京行進曲』と小津安二郎『東京の女』と戦前昭和の新聞


 先日(四月二一日)、Facebook経由でお誘いを頂き、『活弁!シネマートライブ』という催しに行ってきた。無声映画を活弁付きで見るのは初めてである。
 行ってみてわかったのは、なるほど昔の「映画」というものは、生の、「ライブ」感覚あふれるものだったんだな、ということだ。チャップリンが最後まで守ろうとしたのは、この感覚だったのだろう。代表作『街の灯』は、周りがほとんどトーキーに切り替わっていく中で作られた、サイレント・ムービーの最後の輝きと呼べるものだ。
 でもまあ、田原俊彦より江川宇礼雄の方がハンサムだけども。(その場にいた人だけわかるネタ)
 上映されたのは溝口健二『東京行進曲』と小津安二郎『東京の女』である。ビッグネーム二人の作品の中でも、映画館で見る機会の少ないものだ。客の入りは、平日の昼間なれど、ほぼ満員であった。(以下ネタバレ

2015年4月16日木曜日

自由ってなんて不自由なんだろう【エドゥアルド・ガレアーノ訃報編】

エドゥアルド・ガレアーノ、
収奪された大地―ラテンアメリカ500年
…………
本書に対するもっとも好意的な論評は、権威ある批評家からではなく、本書を発禁することで結果的に本書を賞賛することになった軍事独裁政権からなされた。
…………
ブラス・デ・オテーロが述べているように、「彼らはわたしの書いたものを人々に見せようとしないが、それはわたしがわたしの目で見たものを書くからである」
…………

 先の四月十三日にエドゥアルド・ガレアーノが亡くなった。七四歳だった。もうずっと肺がんでふせっていたのだ。
 今までこの人に触れることはなかったけれど、以前本宅で書いたエントリー『ピノチェトと愉快な仲間たち』に重なる部分を『収奪された大地』から抜き出しておこう。

2015年4月15日水曜日

詩の戦争は終わらないままだったのだろうか?


  上掲の動画は映画『ブリキの太鼓』の海辺のシーンである。
 ギュンター・グラスは高校時代に『ひらめ』を読み、大学に入ってから名画座で『ブリキの太鼓』を観て、それから原作を読んで、さらに『猫と鼠』と『犬の年』を読んで、またさらに……
 まあとにかく、いろいろと読んでいるのだった。
 そのギュンター・グラスが死んでしまった。
 八七歳と言うから若くはないのだが、直前まで元気でいたそうなので、何とも残念だ。なお、死因は明かされていない。

2015年4月13日月曜日

すべての手紙は暗号で書かれているもしくは映画『イミテーション・ゲーム』とアラン・チューリングなどについてのもろもろ

 昔々、とある村に一人の少年がいました。少年は村の外から来たお金持ちの旦那様の元で働いていました。
 ある日、隣の村へパンとお菓子を十個づつ届けるように言いつかりました。少年は隣の村へ行く途中とてもお腹がすいたので、パンとお菓子を半分食べてしまいました。そして、素知らぬフリをしてパンとお菓子を五個づつ届けました。
 次の日、少年はまた同じお使いを頼まれました。ただ今回は手紙もいっしょに届けるように言われました。少年はまた途中でお腹がすいて半分食べてしまいました。そしてまた同じように知らんぷりして届けると、手紙を読んだ先方が「半分食べたな!」と怒りだし、少年を折檻しました。
 その次の週、少年は同じくお使いに行かされました。今回も手紙付きです。少年は頭が良かったので、この間の失敗は手紙のせいだと気づいていました。きっと手紙が少年の盗み食いを見ていて言いつけたのに違いない、と。少年は手紙を石の下に隠してこっちを見られないようにしてから、ゆっくりパンとお菓子をぱくつきました。

2015年4月12日日曜日

貨幣はどれだけ集まると「財産」になるのだろうか?

ヤップ島の石貨
「貨幣」と「財産」はどのように違うのか。
「貨幣」の集合したものが「財産」とよばれるようになると、とたんに別な働きをするようになる。
 それはどのくらい集めればいいのだろう?
 とりあえず、一人では持ち運べないほどの重量であれば、それは「財産」と呼べそうだ。

2015年4月11日土曜日

「朝」は何もかもが遅れる時間だということもしくは勅使川原三郎「朝」について

昨晩、勅使川原三郎のダンス公演「朝」を見に行った。
 舞台の左手に下がる、白い大きな布の向うにある、差し込む光線の予感に対し、勅使川原三郎はそれを拒絶するかのように体の様子を次々に変化させていた。

2015年4月10日金曜日

人の眼を傷つけても金を払えばすむのなら「大金持ちは万人の眼をえぐりうる」(E.レヴィナス)よね?もしくは『貨幣の哲学』についていろいろ

レヴィナス、貨幣の哲学
 〈新装版〉 (叢書・ウニベルシタス)
「民」という漢字が眼を潰された人からきている、ということを以前
ないしょないしょのないしょのはなしは「どれいのヒミツ」
というエントリーに書いた。
 そこでは、眼を潰されたのは神への生け贄であって、のちに眼の周りに入れ墨をほどこした奴隷のことになり、それが「民」とされるようになったのではないか、ということをぐだぐだと述べた。
 「目には目を」が「目には金を」であるなら、「大金持ちは万人の目をえぐりうる」ということになる──ということはレヴィナスが最初に指摘したわけでもないみたいだけど、このレトリックはとても印象的なのでレヴィナスの発言として採用したい。
 すぐに気づくと思うけど、この比喩は「お金」という存在の暴力性を語りつつ、金によって沈黙を強いることの隠喩にもなっている。ヤクザ用語でいうと「金ぐつわをかまされる」というやつだ。
「民」というものは、すでに「お金」によってその眼を刺されている、と言うこともできるだろう。

2015年4月8日水曜日

人を殴っても金を払えばすむのなら大金持ちは殴り放題だよね?もしくは『暴力のオントロギー』から「お金」の話へ

「物々交換というものは存在しない」
 ……と言ったなら、どう思われるだろうか。ほとんどの人が「そんなバカな」と身近な例を挙げてくれるだろう。人類学に詳しい方なら、サイレント・トレードやポトラッチのことを教えてくれるかもしれない。
しかし、人類学上のそれらの事例は、通常の人たちが頭に思い描く「物々交換」とは違うものだ。普通「物々交換」といえば、交換されるのは同じくらいの価値のもの、と無意識に考えられている。人類学が指し示す事例はただ物を渡し合うだけで、交換する物の「価値」については考慮されないのだ。幼い子にぬいぐるみをプレゼントしたら、ドロドロになるまで握りしめたチョコボールをお返しにくれるのと大して変わらない。

2015年4月6日月曜日

「哲学者は己の論ずるところを実践せず」?もしくは哲学者とお金の話

「太ったブタよりやせたソクラテスたれ」と、大河内一男は実際には言わなかったそうだが、だいたい哲学者といえば食うや食わずでも偉そうにしてる輩、というイメージがあったりする。そういうのってディオゲネスが元になってんじゃないかと思うけど、実際の哲学者ってのはそうそう貧乏ばっかりでもない。
 以前書いたエントリータレスがオリーブの搾油器で儲けた話をしたけど、これは史上初の信用取引だとかなんとか言われてたりする。
 古代ローマにもセネカってのがいて、このおっさんは当時超のつく大金持ちだった。

2015年4月5日日曜日

いけてる生け贄といけすかない生け贄の話

    この動画はアンドレイ・タルコフスキーの『サクリファイス』である。サクリファイスとは神への捧げもの、アベルが祭りしヒツジの初子であり、アブラハムが捧げんとした息子のイサクである。
 その聖性が極限に達したのが、神への無垢なる子羊の生け贄、イエス・キリストというわけだ。
 三日後に復活したことで暴力性を払拭したとき、ただの犯罪者の公開処刑という見せしめは、聖なる生け贄の「儀式」へとその意味が逆転し、イエス・キリストは無上の聖性を獲得した。

2015年3月30日月曜日

いけない生け贄の話

 昔々その昔、九州のとある川に橋を架けることになりました。ところが、何度やっても流されてしまって上手くいきません。
 そこで村の人たちは相談して、人柱を建てることにしました。
 人柱というのは、生きた人を埋めた上に柱を建てるやり方で、そうするとどんな風や大水にも負けない丈夫な柱になるのです。
 人柱は誰でも良いというわけにはいきません。村人たちは村を通る道で、よそから来た人を捕まえることにしました。
 最初に捕まえたのはよぼよぼの老婆でした。人柱のことを告げると老婆はこう言いました。

2015年3月27日金曜日

人を殴ると心も身体もぽかぽかするよね?もしくは『暴力のオントロギー」についてのつづき

現代思想を読む事典 
(講談社現代新書)
現代思想を読む事典』というのが講談社現代新書から出ている。初版は1988年で、ニューアカデミスムとかポストモダンとかが、まだその輝きを失っていなかった頃だ。
 今村仁司編、ということだが、執筆者は五十名を越え、その中には廣松渉鷲田清一丸山圭三郎、そして内田樹なんて名前もあったりする。
 この中にはもちろん、「暴力」という項目がある。
 で、また当然のように今村仁司がそこを執筆している。
 その中身は『暴力のオントロギー』の内容紹介のようなもので、参考文献の欄には自著の『暴力の----』と、これまた自著の『排除の構造』しか載せていない。
 なんつーか、その、「もんくあっか?ああ?」という声が聞こえてきそうだ。ちょっと抜き出してみよう。

2015年3月25日水曜日

人を殴ると心も身体もぽかぽかするよね?もしくは『暴力のオントロギー」についてのもろもろ

今村仁司、貨幣とは何だろうか
 (ちくま新書)
 古本を買取をすると、本に書き入れがされていることが間々ある。某大学教授が整理した蔵書に、今村仁司の『貨幣とは何だろうか』という新書があった。その前半部に、おそらくは教授自身の手になると思われる書き入れがなされていた。
 それは初めのうち、シャープペンですい、すい、と軽く線が引かれていて、そのうち線が段々に濃くなり、それにつれて線引きした文に矢印で?マークをつけるようになってきた。
 やがてページにいくつもの「?」が飛び交い、そのうち余白に「この本を書いたやつは頭がおかしい」と書かれ、そこから先は読んだ形跡がなかった。
 分野は違えど大学教授である。何が彼をそこまで惑わせたのだろう?

2015年3月15日日曜日

いつの間にやら春が来ていた?もしくは『暴力の人類史』について

暴力の人類史 下
暴力の人類史 上
「まだまだ冷えるよね〜」とこする手のひらに息を吐きかけていたら、「いやいやいや、温度計の数値を見ればとっくに春ですよ!!」と言われたような、そんな気持ちにさせられる、それが『暴力の人類史』という本だ。

2015年3月6日金曜日

春よ来るな


 また憂鬱な季節がやってきた。
 お山の杉どもが花粉をまき散らし始めたのだ。
 今朝は娘が起き出して頭を一振りすると、くしゃみが止まらなくなり、しまいにはしつけの悪い座敷犬のような音が鼻から飛び出した。娘の髪にけっこうな花粉がとりついていたらしい。一瞬、娘の頭を丸坊主にしたくなったくらいだ。

2015年3月4日水曜日

ユダヤ人はどこにいるか?もしくは映画『ショアー』を観て思ったこと

「なぜ微笑むのですか?」
 話の途中に挟まれた質問に、男は応えない。
 一瞬とまどったように視線を外し、また元通りインタビューは続く。
 思わずインタビュアーがこの問いを口にした気持ちはわかる。男が今話しているのは、四十万人が殺されたヘウムノ絶滅収容所の思い出だからだ。
 男の名はモルデハイ・ポドフレブニク。
 収容所で生き残った二人のうちの一人だ。あのアイヒマン裁判にも、検察側証人として出廷している。
 インタビューしているのは、この映画『ショアーSHOAH』を作ったクロード・ランズマン。
 映画の冒頭は、もう一人の生き残りであるシモン・スレブルニクの物語が文字で流れる。次に彼がかつてナチ将校とともに渡った川を、その時歌ったと同じ民謡を口ずさみながら船に乗ってゆく。歌の上手な少年だった彼は、時々そうして外に連れ出されたという。
 そして、シモン・スレブルニクも常ににこやかだ。
 彼ら二人に驚かされるのは、そのたたずまいが実に「普通」だということだ。町の中を歩けば、たちまち人ごみにまぎれてしまうだろう。安っぽい劇画に毒された人間が想像するような、血なまぐさいオーラなど微塵も発してはいない。すぐ隣に座っていたとしても、何も違和感を覚えそうにない。そうと言われなければ、殺された四十万人のうちの生き残りだとは、まったくわからないだろう。
 教会の祭の中、シモン・スレブルニクは人々に囲まれる。当時を記憶する人も多い。変にとがった眼鏡をかけた男が、興奮してカメラの前でまくしたてる。
「ユダヤ人たちが集められているところを見た。その中でラビが同胞たちに説いていた。自分たちはイエス・キリストを罪なくして処刑した。だから、これから何が起ころうと甘んじて受けよう、と」云々。だいたいこのような内容だ。
 眼鏡の男の演説はユダヤ人虐殺について、その罪をユダヤ人の側にかぶせようとしているように聞こえた。
 だが、それでも、シモン・スレブルニクは終始にこやかだった。

 今、日本にユダヤ人はどれほどいるのだろう。どれだけの日本人が彼らと親しくしているだろう。ユダヤ人など、見たこともない人も多いだろう日本で、この『ショアーSHOAH』が上映されることに、どれほどの切実さがあるのだろう。
 元同盟国として?
 

2015年3月2日月曜日

【革命に見る格差と土地の関係編】もしも西荻窪の古本屋がピケティの『21世紀の資本』(PIKETTY,T.-Capital in the Twenty-First Century)を読んだら

ヘンリー八世
    左の御身姿はヘンリー八世である。股間に妙なふくらみがあるのは、当時流行したコッドピースと呼ばれるもので、ここにぶらぶらしがちな不良息子を収めておいたのだ。十四〜十八世紀の西欧では、一人前の男の子ならみんなこうしていたそうな。ニューギニアのコテカのことを笑えやしない。
 そんなわけで、どんなわけだか知らんけど、ヘンリー八世は奥さんと別れて愛人と結婚するために、ローマ・カトリックに絶縁状を突きつけたのだった。
 そしてさらにまた、当時のイギリスで絶大な勢力を持っていた修道院を叩き出し、その領地をぼっしゅーと(古い)したのだった。その土地がどのくらいのもんだったかというと、王国の土地財産のうち四〜五分の一を占めていたくらいだ。
 それらの土地はほぼ、貴族・廷臣・官吏・ジェントリーに分け与えられ、より一層の格差の拡大に貢献したのだった。

2015年3月1日日曜日

【罵倒ばかりじゃなんなので詐欺を見破るポイントをいくつか編】もしも西荻窪の古本屋がピケティの『21世紀の資本』(PIKETTY,T.-Capital in the Twenty-First Century)を読んだら

 罵倒ばっかりしてるのもアレなんで、ここらでちょっとピケティについて「ありがち」な誤解についてメモっておこう。

1.ピケティは格差を否定している!