2015年12月27日日曜日

ライ麦畑と関係ないけどなんでそんなにナチスが好きなんだ

 昨日の続きなんだけど、ちょっとライ麦とは関係なくなってる。まとまりなくてすんません。

 ドイツのハイパーインフレというやつは、今もって謎が多い。「ユダヤの陰謀」だとかいうアホもまだ生き残っていたりする。あと、わりと多い勘違いが、「ヒトラーがハイパーインフレを解決したので政権を握ることが出来た」というやつ。これ、ちょっと歴史を調べれば、ぜーんぜん違うことがわかる。だいたいハイパーインフレが解決してマルクが曲がりなりにも大人しくなったとき、ヒトラーはまだオーストリア国籍だったのだ。
 このようにして、しょーもない「実はナチスすげえ」神話ってのは、二一世紀においてもタムシのごとくはびこっていて、けっこうな社会的地位にある人ですら、「ナチスは戦争と虐殺はしたが、経済政策は成功した」と信じていたりする。困ったもんだ。
ウィキペディアの記述
    おそらくその流れなんだろうけど、「レンテンマルク」を構想してハイパーインフレを解決したのは、ヒトラーに協力したヒャマル・シャハトだ、という「伝説」がある。
 ウィキペディアあたりにもそう書いてあって頭が痛いのだが、実際のレンテンマルクの構想者はヘルフェリッヒであり、シャハトはむしろその案に強く反対していたのだ。
 一九二三年十月六日付けの書簡において、シャハトはときの首相シュトレーゼマンに向けてこのように論難している。
「健全通貨はただ金本位通貨のみである。その他の通貨は特に我が国のような経済状況の下では、再び崩壊に向う」
「まだ終りの見えない財政赤字を通貨の発行でカバーすることは財政政策のもっとも重大な誤り」
 などなど。

2015年12月26日土曜日

ライ麦畑でつかまるものは?

 ライ麦というものは、あまり日本人にはなじみがない。気候風土が合わないらしく、昔から作られていないのだ。
 ライ麦というやつは、育つと1メートルから3メートルくらいになるそうで、その畑に人が入り込むと姿が見えなくなってしまう。そこでライ麦畑というのは、ちゅっちゅちゅっちゅする場所、ということになっていたりする。ドリフの「誰かさんとと誰かさんが麦畑」というのはライ麦畑のことで、この歌は元々イギリスの猥歌なのだ。それが名作『ライ麦畑でつかまえて』のタイトルの元になっている、ということは以前エントリーに書いた

2015年12月10日木曜日

ストラヴィンスキーのドキュメンタリーを見たらなんとなく長生きできそうな気がしたりした

ストラヴィンスキー:詩編交響曲,
組曲「兵士の物語」自作自演【中古LP】

    まだテレビがチデジカする前、ストラヴィンスキーのドキュメンタリーをやってたのでだらだら見てたことがある。
 かなり昔にカナダのテレビ局が作ったもので、白黒の画像だった。
 画面ではすっかりはげ上がったストラヴィンスキーが、サングラスをかけて指揮棒を振っていた。つい忘れがちだが、彼は優秀な指揮者でもあったのだ。

2015年12月9日水曜日

『ノーベル賞経済学者の大罪』と裸の女王様

ノーベル賞経済学者の大罪
 (ちくま学芸文庫)
ノーベル賞経済学者の大罪』という刺激的な本がある。中身の小見出しのタイトルもなかなかステキだ。

…………
第1章:お砂場遊びの坊やたち
第2章:統計的有意性はお呼びでない
第3章:黒板経済学の不毛
第4章:社会工学の思い上がり
第5章:新しく謙虚なブルジョアの経済学
補論:経済学の秘められた罪

…………
 ……とまあ、どっかの夕刊紙みたいな見出しが並んでいる。
 が、内容のほうはごく真っ当な現代経済学の入門書で、ちょっとひねくれた人が経済学の裏口から入るのにちょうど良い、そんな感じの本だ。経済学そのものを根底から問い直そう、などというような野心的なものではなく、ほっといたらずいぶん薄汚れてしまったのでお洗濯しましょ、といったところか。

 でも読んでいると、その「お洗濯」から服のほつれややぶれが目につき、経済学というものについてちょっと考え直してみたくなったりもする。
 著者はそれについて、指し示すだけで黙ってる。
「ほら、見れば分かるでしょ」と言いたげに、口を閉ざして微笑んでいる。

2015年12月3日木曜日

突如としてそれまでの「日常」が失われたとしても『あたしンち』はどこまでも日常的であろうとしたこと

来て来てあたしンち
    今さらながら、『あたしンち』というマンガについて、少しばかり書いてみたいと思う。きっと作者はこんな風に生真面目に語られることについて、「やーめーてー」と叫びつつ身をよじって嫌がるんじゃないかと思うが、それでも書いてしまうのがブログであり、インターネットというものなのだ。ネットって広大だね、無駄に。
 で、この現代版サザエさんのように言われるマンガは、サザエさんと同じく新聞を連載の舞台としながら、サザエさんのような社会風刺的なことはほとんどしていない。というか、意図的に避けていたように思われる。
 そんな風刺なんてダサいことをしなくても、社会の諸々の事象はすべて「日常」の中に、噛み砕かれ消化され凝縮されて顕れるのだから、その「日常」を切り取って描き出せば、風刺なんかよりもずっと適確に社会を描くことができる、ということだったんじゃなかろうか。
 そんな「日常」にも、どうにも噛み砕けず消化できないものが現れてしまうことがあるわけで、原発事故などはどうしても触れないではいられなかったようだ。直接的にわかりやすいところで、主人公のみかんが雑誌のインタビューのようなものに応えて、望むのは「原発のない日本?」と言っていたりする。
 しかし、『あたしンち』が連載されているのは、原発維持を社論とする読売新聞である。マンガの内容まで新聞社が口出ししてくるとは思わないが、熱心な読者の中には違和感を覚える人もいるだろう。
 原発事故を無視して「日常」を描けばそれがウソ臭くなり、なんとかエピソードに反映させても、連載される媒体によってウソ臭くされてしまう。そうしたアンビバレンツな状況にあったわけだ。

2015年11月30日月曜日

おばけは死なないから水木しげるは死なないはず

総員玉砕せよ! (講談社文庫)

 水木しげるの訃報を目にした時、思わず「げ」と声が漏れた。続いてついつい「ゲゲゲのゲ」と歌ってしまった。
 と、このように書いていても、全くその死を事実として受けとることが出来ない。いやもう、生きながら妖怪になっている人が、今更「おかくれ」になったからと言って、何を悲しむことがあろう。きっと今頃、身軽になって、そこら中を飛び回っているに違いない。

 調布と言う町に長く住んでいるので、妖怪水木しげるに出くわすことはままあった。飄々という形容詞がよく似合う態で、自転車に乗ったりコンビニで中華まんを買ったりしていた。
 きっと調布市では何らかのイベントが開かれることだろう。
 しかし、町中で喪に服すとかは願い下げにしてもらいたい。
 そうだ、以前こんなネタをブログに書いたことがあった。

2015年11月29日日曜日

『メノン』の新訳をを読んでみたらさっぱりわからなくなっている自分に気がついた

メノン―徳(アレテー)について (光文社古典新訳文庫)

 光文社古典新訳文庫で『メノン』の新訳が出たので読んでみた。
 そしたら文章がわかりやすくなってたのに、さっぱりわからなくなっていた。
 昔、岩波ので読んだときわかったように思ったのは、あれは錯覚だったのだろうか。うーん、そうなんだろうなたぶん。
 この本は、ソクラテスとメノンが徳(アレテー)について行った対話をプラトンが記録した、という体裁をとっている。メノンはちょっと頭が良くて生意気でイケメンの青年だ。そしてソクラテスの方は「めくれ鼻」で「出目」のおっさんである。
 ソクラテスの物言いは、つっこみどころがいっぱいだ。しかし、昔はそれがわからなかった。だからわかったような気がしていたのかもしれない。今はつっこみどころがわかる。と同時にそこにつっこんでも何の得にもならない、ということもわかる。そんなことをすれば、くだらない議論が何度も何度も何度も蒸し返され、自分で自分のバカさ加減に嫌気がさしてくる、という結果をもたらすことになるだけだろう、ということまでわかる。でもそれは『メノン』を読了したからこそわかる、言わば後知恵といういやつだ。

2015年11月28日土曜日

高尾山の知られざる過去

    高尾山には何度も何度も何度も登った。
 きっかけは妻の出産予定日がやや遅れたことで、助産院から「高尾山に登りなさい」とご下命いただいたことである。まだミシュランの星なんかついてなかったし、道は暗いし手すりはないし、蛸杉は柵なんかなくてさわり放題で、道中の看板すらもなかった。
 今じゃうっかり連休に行ったりすると、昔の原宿ホコ天なみの混みっぷりで、今年はふもとに温泉まで掘ったとのこと。どこまで客を集めるつもりなのやら。
 さて、そんな高尾山の知られざる一面をここにご紹介しようと思う。

2015年11月26日木曜日

「死なない子供」荒川修作はどのように死んだか

 二〇一〇年、荒川修作という芸術家が死んだ。
 世の中にはいろいろな芸術家がいて、芸術家でありながら派閥のボスだったり、芸術家でありながら太鼓持ちだったり、芸術家でありながらドサまわりの芸人だったりするものだが、この人は芸術家という以外の呼び名が当てはまらないような芸術家であった。
三鷹天命反転住宅
    その作品についてあれこれ述べるよりも、東八道路を走っていると道路脇に見えてくる奇妙な住宅を作った人、と言った方が通りがいいかもしれない。三鷹天命反転住宅は、作者が死んでもなお、そこに在りつづけている。
 その元でもある養老天命反転地の方も、一度は訪れてみたいと思いつつ、まだその機会にめぐまれない。自分の故郷(岐阜)にあるというのに、どうにも足を伸ばすことができないでいる。
養老天命反転地
    荒川修作は「死なない子供」だった。「死」という宿命を拒絶することが、その生涯のテーマとなっていた。
 しかし、「死」は思いもよらぬ方向からやってくる。
 にこやかに微笑みながら、最大の理解者のような顔をして。

2015年11月18日水曜日

裸の王様のおとなりで女王様が裸踊りしているという状況について

「王様は裸だ!」というのはよく政治の場で使われるレトリックである。
 では、女王様の方は裸にならないのだろうか?その方が大衆に受けるし、子供がそれを指摘したなら、周りの人間が必死で子供を黙らせるだろう。
 経済学という学問は、「社会科学の女王」を名乗っている。
「王様(政治)」はよく裸にされるのに、「女王様(経済)」が裸にされないのはなぜか。やっぱ倫理的な問題があるのか。
 つまらんジョークはさておき、人が経済学に対してつっこみづらいのは、やっぱり貧乏より金持ちがいいし、不況より好景気がいいし、そうした大衆の欲望を体現する学問だからだろう。

 が、しかし、その「女王様」が、ストリップをおっぱじめてしまっている。他ならぬ、この日本で。

2015年11月16日月曜日

『正法眼藏』は百歳未満の講読を禁ず

永平正法眼藏蒐書大成 19
(注解・研究篇 9)
    果たして人間は、ものが見えるままに見ているだろうか。ということは誰もが一度は疑問を抱く。それはおよそ幼い頃のことで、成長するにつれて疑問を抱いたことすら忘れてしまう。しかし、まれにその疑問を死ぬまでずっと抱いたままの人もいる。さらにまれなるは、その疑問を解いてしまう人もいるということだ。
 そうした人は、「悟りを得た」と呼ばれる。

2015年11月15日日曜日

『正法眼藏』は十八歳未満の講読を禁ず



   禅寺と言えば女人禁制、修行中の僧侶は女人の香りをかぐことすらない、なんて言われたりするのだが……

2015年11月14日土曜日

『正法眼藏』は五十歳未満の講読を禁ず

「禅は一万人に一人の天才のための宗教だ」と司馬遼太郎は言っていた。
 じゃあ、日本にはそうした天才がざっと一万人いるわけで、集まったなら信者数一万人の宗教団体になる。そう考えると、わりと普通な感じだね。
 まあ、つまらん揚げ足取りはともかく、「禅問答」といえばわけのわからんことの例えになってるくらいで、「禅」というやつがとんでもなく難しい宗教であることは確かだ。それはいったいどのように難解であるのか? 曹洞宗を開いた道元による『正法眼藏』から引用してみよう。

2015年11月12日木曜日

「みんなビンボが悪いんや」という身近かすぎてわからない身近かな真理についてわからせるにはどうすればいいかということ



「貧乏」というものがよくわからなくなって久しい。
 いや、私自身は身に沁みているのだが、社会全体によく通じないように思える。そして、どのようにすれば理解されるのか、というのはより一層わからない。と、このように書いても「俺はわかってる!」と言いつつわかってない人は多いわけで、「わかってる」人にさらにわからせるのはどうすればいいのかがわからない。
「貧乏」というものは、未来が剥奪されることによって起こる。
 自分の未来が描けないので、目の前のことしか考えられなくなる。
 だから、「貧乏が嫌だったら、死に物狂いでがんばればいいだろ」というのは、わかってない人の言い草である。「がんばる」というのがどういうことなのか、わからなくなるのが「貧乏」というものだからだ。

2015年11月11日水曜日

科学という名の非人間的な「何か」もしくはららら科学の子

 今世界に、マッドサイエンティストと呼ぶに値する人間はどれくらいいるだろう。たとえいたとしても、その人間は陽のあたるところにはでてきていないはずだ。
 マッドサイエンティストは人体実験が大好きだ。
 ナチスや七三一部隊のようなものでなくとも、人間の「精神」に対する実験はちょくちょく行われている。それは病原菌や薬剤や解剖を強いることはないが、もしかするともっと残酷といえるかもしれないような、そんな結果をもたらしたりもする。

2015年11月6日金曜日

科学という名の非科学的な「何か」もしくはららら科学の子

「知」の欺瞞――
ポストモダン思想に
おける科学の濫用 
(岩波現代文庫)
    一九九四年、「ポストモダン」てやつがまだ世間をぶいぶい言わせていた頃、その足元のカーペットをひっぺがしてみんながずっこける、トムとジェリーのような事件が起きた。
 アラン・ソーカルという名の物理学教授が、適当な論文に適当な数式をばらまいただけの、永谷園松茸の味お吸い物みたいなパチもん論文を「ソーシャル・テキスト」という哲学雑誌に投稿したところ、それがバッチリ掲載されてしまったのだ。
 この「偉業」により、ソーシャル・テキストの編集長は、その年のイグ・ノーベル賞に輝いた。
 これに勢いを得たソーカルは、同僚とともに『「知」の欺瞞――ポストモダン思想における科学の濫用』という本を出版し、ポストモダンと呼ばれる思想においていかに「科学」がでたらめに援用されているか、について暴き立てたのだった。
 現在においてもこの事件の影響は少なからず残っており、ポストモダンな思想家を揶揄するための定番ネタとなっている。

 どうやらけっこう複雑難解な哲学を操る人でさえ、科学というものに対しては、ただ「科学っぽい」というだけで信用してしまう傾向があるようだ。
 では科学者自身はどうだろう?
 やっぱりモチは餅屋なんだから、「科学っぽい」ものに騙されたりすることはないのだろうか?

2015年11月1日日曜日

本当に忘れるためにはまず思い出さなくてはならないが何を思い出せばいいのかわからないということもしくは『ルック・オブ・サイレンス』についてのつづきのつづき


 上掲はピーター・ウィアー監督の『危険な年』The Year of Living Dangerouslyのラストシーンである。主人公のジャーナリストは、共産党の男に助けられ、空港へとたどりついて脱出する。
 この映画は一九九九年までインドネシアでは上映を禁じられていた。現在ではテレビでも放映されたそうだ。ピーター・ウィアー監督の名前は、『ピクニックatハンギング・ロック』での方がよく知られているだろう。ウィアーはオーストラリア人である。ちなみにオーストラリアとインドネシアは軍事的に互いを仮想敵国としている。

2015年10月28日水曜日

本当に忘れるためにはまず思い出さなくてはならないが何を思い出せばいいのかわからないということもしくは『ルック・オブ・サイレンス』について


ルック・オブ・サイレンス』を見たのはしばらく前のことだが、なかなかエントリーにできなかった。これの前編にあたる『アクト・オブ・キリング』については去年エントリーを書いていたので、やはりこれについても書かなくては、とやや義務的なものを感じていたにもかかわらず書けずにいた。(以下ネタバレあり)

2015年10月27日火曜日

ピピピピピピピピピクニック!!

 下高井戸シネマに『ピクニック』を観に行った。
 動くバタイユを見るためである。(以下、ややネタバレ
 といっても主演のシルヴィア・バタイユではなく、その夫(当時)であるジョルジュ・バタイユ の方だ。

2015年10月26日月曜日

背中合わせのタンゴまたはアルゼンチンと日本の経済史を適当に比較する試みのつづき

アルゼンチン経済史 (1974年)
 (ラテン・アメリカ経済選書〈2〉)
 前回からの続き。

 アルゼンチンは一八九〇年の恐慌から一八九四年に回復基調に乗る。
 日本は一八九九年に第一次恐慌にみまわれる。「第一次」とは後になって名づけられたもので、もちろんその次がある。続く一九〇〇年には第二次恐慌が起こる。
 日本政府は増税し、大蔵省・日銀はともに緊縮財政をとる。その年さらに北清事変(義和団事件)へと出兵。戦費調達のために三度目の増税をする。
 一九〇三年からアルゼンチンは繁栄の時代へと入るが、日本は一九〇四年に日露戰争、かろうじて勝ちはしたが経済は安定感を欠き、一九〇七年にはまたぞろ恐慌となる。