2015年5月22日金曜日

鬱なるものは美しい


「鬱」とは何か。
端的に言えば、「手紙に切手を貼るのに三日かかる」という状態である。
 ではその間、頭の中では何も考えていないかというとそんなことはなくて、とてつもない「量」の思考を巡らしている。超高速で回るコマが止まって見えるようなものか。自分は苦しくて仕方がないのに、それでもまったく止まろうとしないどころか、スピードがどんどん上がっていくのが「鬱病」である。終いには苦しさのあまり自殺したりする。

 ドビュッシーは鬱病だったといわれる。
自殺はしなかったし、アルチュセール のように奥さんを殺したりはしなかったが、オペラ『ペレアスとメリザンド』を十年がかりで書いた。
 このオペラは、ドビュッシーの鬱なる美がたっぷりこめられているという。
 演奏はブーレーズ指揮のものがよく知られているが、個人的にはヘルベルト・ケーゲルが指揮してくれたら良かったのに、と思っている。この指揮者については以前本宅ふれたけど、この人も鬱で自殺未遂しており、とうとう最後はピストルで自分を打ち抜いてしまった。

 一昨日の二〇日にKARAS APPARATUSで、勅使川原三郎による『ペレアスとメリザンド』を観た。
 今回は佐東利穂子によるソロダンスである。
『ペレアスとメリザンド』はよく知られたフォーレシェ-ンベルクのものがあるが、ドビュッシーが採用されていたので、非常にうれしくなった。
 黒ずくめで踊る佐東は本来ならばメリザンドの役どころなのかもしれないが、観ているうちに鬱なるものの中に入り込んだように思えてきた。
 ドビュッシーの頭の中にも、こうした黒ずくめの「何か」が、際限なく踊り続けていたのではなかろうか?

 あと、ライトの加減なのか、中盤辺りからダンサーの手の先と左こめかみの辺りに、青白い炎のようなものが見えたのだが……セント・エルモスファイアーみたいのが。まあ、眼の錯覚なのだろうが、気になったので記しておく。


対訳 ペレアスとメリザンド (岩波文庫)

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