2015年4月22日水曜日

溝口健二『東京行進曲』と小津安二郎『東京の女』と戦前昭和の新聞


 先日(四月二一日)、Facebook経由でお誘いを頂き、『活弁!シネマートライブ』という催しに行ってきた。無声映画を活弁付きで見るのは初めてである。
 行ってみてわかったのは、なるほど昔の「映画」というものは、生の、「ライブ」感覚あふれるものだったんだな、ということだ。チャップリンが最後まで守ろうとしたのは、この感覚だったのだろう。代表作『街の灯』は、周りがほとんどトーキーに切り替わっていく中で作られた、サイレント・ムービーの最後の輝きと呼べるものだ。
 でもまあ、田原俊彦より江川宇礼雄の方がハンサムだけども。(その場にいた人だけわかるネタ)
 上映されたのは溝口健二『東京行進曲』と小津安二郎『東京の女』である。ビッグネーム二人の作品の中でも、映画館で見る機会の少ないものだ。客の入りは、平日の昼間なれど、ほぼ満員であった。(以下ネタバレ
   溝口健二『東京行進曲』は昭和四年に日活で作られた。この映画自体は知らずとも、どこかで主題歌を耳にした人は多いだろう。当時二五万枚のセールスを記録した大ヒット曲である。
 しかし映画で現在残っているのは、前半のそのまた一部のみであり、ジャズもリキュールも出てこなけりゃ、小田急で逃げたりもしないのだ。
 ストーリーはちょっとひねったシンデレラ・ストーリーである。清く貧しく美しい女性にブルジョアの男が恋をして、芸妓になった女とブルジョア男が結婚しようとしたら、実は女は艶福親父の落とし胤で二人は腹違いの兄妹とわかり、男はライバルに女をゆずって英国に傷心を抱えて旅立ってゆく……という、なんかどっかできいたような、一昔前の少女漫画の定番というか、『コクリコ坂』というか、あんまり芸術してない作品だ。この頃の溝口はまだMIZOGUCHIではなかった。

    小津安二郎『東京の女』は今見ると、なんだかよくわからないお話だ。
 ストーリー自体は単純である。親を亡くして姉弟が二人で暮らしていて、姉が夜の仕事をしていたのを知った弟がショックで自殺するというものだ。
   なんで弟はそこまで潔癖なんだというか、何も死なんでもええやないかというか、OLが夜の街でアルバイトしてると警察が会社へ勤務態度を調べにきたり、弟の恋人が巡査をしてる兄から話を聞いてショックを受けたり、その恋人から話を聞いた弟がそれに輪をかけたショックを受けてたり……なんだこれ。
 弟が潔癖性だとするなら、周囲の人間も皆潔癖性、戦前はそういう潔癖な時代だった?んなアホな。
 種明かしは映画の後で活弁士の佐々木亜希子さんがしてくれた。ローテの穴埋めで急遽九日で撮られたというこの映画、一応ちゃんとシナリオが残っていて、映画では削られているシーンがそこに書かれている。それは夜の酒場の裏で働いている姉(岡田嘉子!)が、ボーイの一人から紙片を受け取るというもので、つまり姉は共産党のレポ(連絡員)なのを暗示しているわけだ。当局の検閲に配慮して、この場面は撮られなかったか、撮られててもカットされたのだろうとのこと。それでもその当時の「空気」でもって、観客たちは皆「ははーん」と察したというわけである。
 まあしかし、その前にラストで「ははーん」とわかることはある。涙にくれる姉と弟の恋人のところへ不躾な新聞記者たちが押し掛け、その後街中で電柱に貼られた伏字だらけの「号外」を指して、「また君にやられたな」と記者が笑って終りになる。この辺りで、戦前の新聞を熟読したことがあれば、だいたいの察しはつく。
 昭和七年から十年前後の新聞の縮刷版をざくざくっと読んでエントリーをいくつか書いたことがあるが(こことかこことかこことかここ)、新聞を読んでてわかるのは、とにかく当時は共産党を叩く記事が多いと言うこと。共産党の非合法活動についてはもちろん、どんな些細な犯罪でも「共産党」の三文字がつけば紙幅が増す。倍率ドン!さらに倍!!、てな感じ。例えば犯人が「元共産党員」だとか「共産主義にかぶれたことがある」とか「学生時代の同級生が現在共産党員になっている」とか「近所に共産党員が住んでいる」とか、まあとにかく不安な世相のその「不安」のタネは共産党なんですよと、新聞がお先棒担いでふれ回ってるような次第なのだ。
 しかもこれ、「共産党」が「朝鮮人」に入れ替わっても同じような感じで、世の中がおかしいのはみんな「共産党」と「朝鮮人」が悪いのよー、という雰囲気がかもされている。新聞は読者の求めに従って記事を取捨選択し、ただ事実を書いてるだけかもしれないけど、その取捨選択の仕方だけで「空気」を醸成してしまえるのだなあ、とよくわかる。

 ちなみに『東京行進曲』の方も、その主題歌の歌詞で「シネマ見ましょか、お茶飲みましょか、いっそ小田急で逃げましょか」の部分は、当初「長い髪してマルクスボーイ、今日も抱える『赤い恋』」だったのを、当局の検閲に引っかからないように変えたのだそうだ。『赤い恋』というのは当時のベストセラーで、ボリシェヴィキのコロンタイが自由恋愛を説いた小説である。

『東京の女』で主演した岡田嘉子は、昭和十三年に杉本良吉とソ連へ亡命する。で、ただ今当店には岡田嘉子サイン入り(サインは「岡田よし子」になっている)の、エリマル・グリン『南からの風』が在庫しております。どなたかお求めになりませんか?

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