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2019年10月24日木曜日

この「つまらなさ」はただ事ではない!!の続き

 「つまらない」ものについて語る時、人はただ罵倒するばかりになりがちだ。なぜかというと、「つまらない」ものは人の思考を停止させる働きがあるからだ。
 するとどういうことが起きるかというと、「つまらない」物を罵倒するついでに、その「つまらない」ものを面白がっている人を同時に罵倒してしまう。
 本当は「つまらない」ものと、それを面白がってる人を分離させなければならないし、それを分離して語るということは、おおよそ「時代」について語ることになってくる。
 面白いものはやはり時代に対して垂直に立っているが、「つまらない」ものは時代に寄り添うように寝そべっているものだからだ。


2019年5月30日木曜日

座右の銘なんてないけれど折にふれ思い出す言葉のいくつかを書いてみる

    昔むかし、店舗開店当時に雑誌の取材などをぱらぱらと受けていた時、なぜかよく「座右の銘は何ですか?」と質問された。
「ない」と正直に答えるのも気恥かしいように思えて、何かしら適当に答えていたが、何と答えたか全く憶えていない。どう答えようと、それが記事に反映されたことは一度もなかったからだ。

 この世に生まれ落ちて早半世紀が過ぎたが、墨痕淋漓と色紙に書きつけ額装して寝室に飾っておきたくなるような「座右の銘」、などというものは一つもない。
 だが、時折ふと頭に浮かび、なぜか脳内で繰り返されるフレーズならある。
 別にその言葉が人生の指針になってたりなんかぜーんぜんしないのだが。

2016年6月18日土曜日

「全て集めてある」から「全集」なんてことは全然ない

「全集」と銘打つからには細大漏らさず少年時代の落書きまで収録すべきだ、とまで編執じみたことは言いたがる人も多いんですが、割と間違いやミスが多いのもまた「全集」というものなんです。

2016年6月10日金曜日

それを無理に歴史と呼ばなくてもいいんじゃないだろうか。

私は隣人たちから嫌われている。
みんながもう忘れてもいい時期じゃないかと思うことについて語りたがるからだ。

(ハインリヒ・ベル)

経験と歴史から学びうることは、人民も政府も歴史から学んだりしないこと、そして歴史から得た教訓を生かしたことなど全然無い、ということだ。(ヘーゲル『歴史哲学講義』)

2016年6月8日水曜日

2016年6月6日月曜日

宮沢賢治『春と修羅』の「春」はどこからくるのか もしくは勅使川原三郎『春と修羅』について

春と修羅 (愛蔵版詩集シリーズ)
    宮沢賢治はダンスしただろうか?
 しなかっただろう。盆踊りくらいはしたかもしれないが。若い頃の賢治を知る人は、賢治は音楽好きだが音痴だったと証言している。これはずいぶん親近感を覚える話である。
『春と修羅』の中に、「原体剣舞連(はらたいけんばいれん)」という詩があって、これは岩手県江刺市の原体というところに伝わる念仏踊りに取材したものだ。踊り手は伝統的に皆少年である。
 勅使川原三郎はずいぶん前に(と言っても、個人的にはほんのこのあいだのことに思えるのだが)『Dah‐dah‐sko‐dah‐dah』という、この賢治の詩を題材にしたダンスを踊ったことがある。
 舞台を見たのはもちろんだが、それから少し経ってNHKの番組でこの剣舞についての番組があり、今は亡き大滝秀治の朗読をバックにどこかの草原で勅使川原三郎が踊っている映像が流れたことがある。今思うとビデオに撮っておけばよかった、と悔やまれてならない。

2016年3月17日木曜日

小沢昭一が亡くなってまたひとつ昭和が遠くなったけど「それでいいんだよ」と小沢昭一的こころで言いそうに思う

ドキュメント 綾さん
―小沢昭一が敬愛する
接客のプロ 
(新潮文庫)
    昔々その昔、ソープランドはトルコ風呂と呼ばれていた。トルコ政府から文句が来て改名することになったわけだが、「ソープランド」と名付けた人は大したいもんだ。トルコ風呂よりしっくりくるネーミングだったので、たちまちのうちに定着した。今じゃ「トルコ風呂」なんて、解説付きじゃないとわかんないくらいになっている。

2016年3月12日土曜日

また再び『東京物語』が撮られることはないだろうか

古井由吉、東京物語考 
(同時代ライブラリー)
 先日、娘を連れて小津安二郎の『東京物語』を見た。デジタル・リマスターとやらで、洗ったようにきれいなな画面になっていた。
 この映画についてはいろいろな人がいろいろなことを書いていて、屋上屋を重ねることもないかと思ったが、どうしても書いておきたいような衝動が出てきてしまったので、ちまちまとメモしてみたい。(以下、ネタバレがあります)

2016年3月6日日曜日

原稿を「書く」という行為が先に滅んでゆくのかもしれない

 数年前鬼籍に入った他称「天才」エディター安原顕は、村上春樹と仲違いして、もっていた村上の生原稿を古本屋に売り払ってしまったそうだ。さすがに村上春樹も激怒したそうだが、私は別な感慨を持った。
 (へー、村上春樹って、まだ原稿に書いてたんだ……)
 最近の作家は、特に流行作家である村上春樹などは、パソコンで文章書いてるもんだとばっかり思っていたのだ。
 いまどき、電子データでないと嫌がる編集者も多いしね。データでもらった方が編集作業も早くなるし、なんといってもらくちんだ。

2016年1月27日水曜日

生まれて初めて遭遇する「書物」またはブルーノ・シュルツについてのさらなる補足として

遭遇Spotkanie(Bruno Schulz,1920)
  生まれて初めて遭遇した「書物」について、はっきりと記憶している人はいるだろうか。おおよその場合、それは親から与えられた絵本の記憶にすり替えられているはずだ。

2016年1月25日月曜日

ただそれを「野蛮」であるということにしてしまう視線について

…………
 現今、天下の男色を談ずるものは、ややもすれば、閩(びん、福建省の町)と広(広東・広西)の地方とを語り草にする。しかし、呉・越から燕・雲に至るまで、この好みを知らないものはないのである。陶穀の『清異録』には、「京師(みやこ)の男子は、自分の体を自ら売りに出し、送り迎えして恬然としている」とのべている。とすれば、この風習が唐宋のころから、すでにあったことが知られよう。いま帝都には小唱があって、もっぱら士大夫の酒席の御用を勤めているが、おそらく官妓が禁じられたので、これを用いざるを得なかったのである。その初めはみな浙江の寧波・紹興の人であったが、近頃では半ばは臨清(山東省)のものである。だから南と北の小唱に分かれているが、群に随い隊を逐うという状態で、佳いものは少ないのである。たまに一人でもいると、風流な士大夫たちなら、力を尽くして招き寄せようとしないものはなく、国じゅうが狂ったようになるのである。……
…………

2016年1月24日日曜日

世界へと投げ込まれたものの見る夢 もしくは勅使川原三郎『青い目の男』について


 上に挙げたのはブラザーズ・クエイの人形アニメーション、『ストリート・オブ・クロコダイル』である。原作は『大鰐通り』と邦題がつけられた、十ページほどの短いものだ。

2015年10月5日月曜日

本を盗むのはノーベル賞のなせる技?

《竊書(せっしょ)は盗みとは申せん……竊書はな……読書人のわざ、盗みと申せるか》(竹内好訳)
…………
 これは以前とりあげた魯迅の『孔乙己(コン・イーチー)』の一節である。繰り返しになるが、「竊書」とは本を盗むことである。ハンムラビ法典に照らすなら、即座に死刑だ。
 魯迅による当時の中国社会の描写は適確であり、少なくとも、この程度のこそ泥の存在は許されてあったようだ。もちろん現行犯で捕まればひどい目に遭うが、それでも殺されるというようなことはない。そうしたことは、代表作『阿Q正伝』を見てもわかる。少なくとも江戸時代の日本よりは寛容なようだ。
 これは論語の影響だろうか?
「季康子患盗、問於孔子、孔子対曰、苟子之不欲、雖賞之不窃(季康子が盗賊を患(うれ)いて孔子に問したところ、孔子対(こた)えて曰うには、苟(いや)しくもわたしには欲などないのだから、賞(ほ)められても盗むことはないぞ、とのことであった)」など、孔子は盗みについて、ただ財産を奪う以外の意味を沿わせて語ることが多い。

2015年9月25日金曜日

【神を乗り越えることは可能だということか編】それからエデンの東へ行ったのだった

East of Eden
「アメリカ文学なんてものはね、スタインベックとヘミングウェイだけ読んどきゃいいんです」
と、その時教授は言い捨てたのだった。
 それは大学の一般教養の「英文学」の授業でのことで、その教授の顔も名前も授業内容も憶えていないが、この忌々しげな一言だけは、はっきりと耳に残っている。英文学をこよなく愛する教授にしてみれば、本当はアメリカに「文学」が存在することなんざ認めたくもないのだが、この二人だけはどうしても無視できない、というわけだ。
 そして、それは今も似たような状況が続いている。なんせ、アメリカはトニ・モリスンが受賞して以後、もう二〇年以上ノーベル文学賞が出ていないのだ(二〇一五年現在)
 ちなみに、ヘミングウェイもスタインベックもノーベル文学賞を受けている。

2015年9月20日日曜日

【小説を映画にするのはとても大変なのだ編】それからエデンの東へ行ったのだった


 『エデンの東』を観た後、映画の『それから』を観てみたくなった。貸しビデオ屋においているか危ぶんだが、近所の図書館に置いてあった。亡き松田優作主演、ヒロインは藤谷美和子、友人役が小林薫で、あと風間杜夫やイッセー尾形、今何やってんだろかの羽賀健二まで出演している。
 監督はあの森田芳光。
 この人にはへんな形容詞よりも、ただ「あの」とつけておきたい。

2015年9月19日土曜日

【世襲を否定することなくその破綻を描くということ編】それからエデンの東へ行ったのだった

漱石自筆原稿 それから (複製)
…………
……彼は自ら切り開いたこの運命の斷片を頭に乘せて、父と決戰すべき準備を整へた。父の後(あと)には兄がゐた、嫂(あによめ)がゐた。是等と戰つた後には平岡がゐた。是等を切り抜けても大きな社會があつた。個人の自由と情實を毫も斟酌して呉れない器械の樣な社會があつた。……
…………