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2018年8月3日金曜日

子供を作るのってぜんぜん「生産」じゃないんだけどな

 あまりの暑さに脳みそが茹で上がりそうな今日この頃、みなさまいかがお過ごしでしょうか。
 うだうだと日々を送るうちに、世間では「生産性」とやらが話題のようで。
 LGBTについては以前触れたので、今回は「生産」について少々。

2016年5月21日土曜日

どんなに大金持ちになっても人間はネコより幸せになれない

 パナマ文書が公開されたけど、日本国内ではさっぱり盛り上がる様子がない。
 マスコミがセーブしてる、てのはその通りかもしれないけれど、それ以前にみんな「なんだかピンとこない」というのが正直な所なのだろう。
 都知事がちょいと公金で温泉に行ったりとか、生活保護を受けてる人がパチンコしたりとか、そういうのは簡単にイメージできるけど、億やら兆やらの単位の金持ちが脱税してても、何がどうなっているのやらよくわからない、というわけである。
 ちゃんと考えれば、税金として国庫に収まって財政を健全化したり、でなければ市場に流動してトリクルダウン(死語)でもって社会を潤したり、そういうお金がどっかに滞留しているわけで、そうした滞りが社会を干からびさせてる、くらいのことは理解できる。
 でも、その金持ちどもは、その一生かかっても使い切れないくらいの金を抱えてどうしようというのか。
 というか、なんで金持ちというのはそんなに際限なく金を持とうとするのか。

2016年5月11日水曜日

税金ってなんだろう?続き

    パナマ文書が公開された。
 何が問題かというと、「合法的に脱税した」ことが問題なわけで、「問題にならないことが問題だ」というオバマのセリフが的確にその核心を突いている。
 しかし、本当の問題はそれだけじゃない。
 こうしたタックス・ヘイブン(租税回避地)を利用した脱税は、個人のものもあるんだろうけど、企業によるものが圧倒的に多い。
 ここに、企業の本質が国家と対立するものだという、アダム・スミスによる予言──企業の利益は国家の利益と合致しないので、法律の制定は企業家に口を挟ませてはならない──がいかに正しかったか、というのが具体的に現れている。

2016年5月4日水曜日

果たしてゴルゴ13の最終回はどんな内容か?

ゴルゴ13で楽しむ リアル世界裏紀行:
 観光ガイドブックには掲載されない、
世界各地の真実を紹介! 
(C&L MOOK My First Knowledge)
    つとに知られた話だが、ゴルゴ13の最終回はすでに描いてあって、さいとう・たかをプロの金庫にしまわれているそうな。
 それがどんな設定なのか、ゴルゴ最後のスナイプの標的は誰なのか、というのは別に知ったこっちゃないが、自分個人の考えとしては、多分ゴルゴが今まで溜め込んだ国家予算並みのお宝が、どのような目的に使われるかという話になるんじゃないかと思う。
 ほとんど読んでないけど、そういう話ってこれまでなかったでしょ?あったんならスンマセン。でもその話が銃器や逃走経路の確保に金を使ってました、という程度だったらギャラの全額には届かないと思うけど。

2016年4月21日木曜日

税金ってなんだろう?

 前々回税金についてちょこっと書いた。
 そのときエッセイストとかいうおねえさんの素朴な疑問として、
「お金持ちが納得して税金を払う何かを考えられないでしょうか?」
 というのがあった。
 え、そんなん無理やろ、税金払ってえびす顔とか、どこのユートピアの話やねん、とつい関西弁になってしまうが、実は「喜んで税金を払った」事例は昔の日本にある。

2016年4月18日月曜日

果たしてゴルゴ13の名前はパナマ文書にあるか?

    ゴルゴ13が税金払っているかというと、そりゃあまず払っちゃいないだろう、と普通に考えてしまう。Not Know Onlyのスイスの銀行に預けてるわけだし。でもこのマンガ、今までに一冊きりしか読んでないんで、確かなところはよく知らない。でも、ゴルゴがいきなり練馬の税務署にアーマライトかついで現れたら面白いだろうな、とは思うけどね。税務署は今度、このネタでポスター作ったらいいのに。ゴルゴも納税!!

2016年4月17日日曜日

古本屋と投資家のシュールな出会い

 まったく奇妙なことだが、投資家と呼ばれる人たちの中に古本屋に関わろうとする連中がいる。SBIホールディングスの北尾氏が老舗北尾書店の息子だとか、そういうことではない。投資家たちはよく、ただの客として古本屋に現れ、店頭の百均をあさり、棚から掘り出し物を物色してゆくのだ。その熱心ぶりは、そうと言われなければ、せどり屋の類かと思ってしまう程だ。
 古本屋と投資家の関わりは意外と古く、戦前のアメリカでもすでにブック・ロウ(マンハッタンの古書通り)をうろつく投資家たちの姿があったそうだ。

2016年4月11日月曜日

リフレもどきはリフレじゃないんだよ

前回の続き。

 再び『金を物に換へる時代が來た 何に換へたら良いか』から引用しよう。

…………
「だからインフレーションなんてものは所謂好景気なんてものじゃない。価格の騰貴に乗じて金持ち連中が富を奪い合う形さ。そこを良く理解して、金持ちでなくっても金をうんと借りて、金持ちみたいに振る舞うことがインフレ景気をもっともよく利用することになるのさ」
…………

2016年4月9日土曜日

アベノミクスというリフレもどき





安倍長期政権で株価3万円へ http://ironna.jp/article/723
【独占インタビュー】投資の神様ジム・ロジャーズ「日経平均は3万円まで上がる。

 いやあ、すごい。アベノミクスで日本経済大発展だなあ、と皮肉を言うために貼ったわけでは、ちょっぴりあるけど、本来の目的はそうじゃない。
 だいたい総理自身が最近あまり口にしないからね、アベノミクス。
 そんな可哀想なアベノノミクスが置かれている状況について、もう少し整理してみよう。

2016年3月5日土曜日

選挙とエコロジーと経済学

 こうみえても投票には毎度毎度行っている。

「劣悪な政治家は、投票しない善良な市民によって支持されている」

…なんてフランクリンさんが脅かすもんで。やーねー。
 しかし一方で、選挙なんてもんにはまーったくぜーんぜんさーっぱり関わろうとしない人もいる。じゃあ、そういう人が社会的によろしくない人かというと、そうでもなかったりする。

 ある日アメリカのとある町の投票所で、二人の経済学者がばったりでくわした。
「よ、よう……」
「お、おう、お前何しにきたの?」
「何って、……いや、なんか、かみさんに無理矢理連れてこられちゃってさあ」
「ああ、そう、そうね。俺も俺も」
「うんやっぱそうだよな」
「そうそう」
「ま、このことはお互いに……」
「そうだね、ないしょってことで……」
「じゃ、そういうことで」
「そういうことで」
 とまあ、こんな具合にぎこちなく別れた。

 なぜ二人はこんなにぎくしゃくしていたのだろううか?

2016年1月6日水曜日

初春のめでためでたのめでたさで「アベノミクス」とやらをどうすればいいのか書いてみる

アベノミクスの終焉 (岩波新書)
 安倍政権応援団の読売新聞ですら
>「アベノミクス」による経済再生は足踏み状態にある。
と元旦の社説に書いてしまう新年となったわけだけど、日経平均は初っ端からメリメリ下がるわ、サウジとイランはケンツクするわ、北朝鮮は水爆実験するわ、せっかくの初日の出もひっこみそうな勢いだ。



2015年12月27日日曜日

ライ麦畑と関係ないけどなんでそんなにナチスが好きなんだ

 昨日の続きなんだけど、ちょっとライ麦とは関係なくなってる。まとまりなくてすんません。

 ドイツのハイパーインフレというやつは、今もって謎が多い。「ユダヤの陰謀」だとかいうアホもまだ生き残っていたりする。あと、わりと多い勘違いが、「ヒトラーがハイパーインフレを解決したので政権を握ることが出来た」というやつ。これ、ちょっと歴史を調べれば、ぜーんぜん違うことがわかる。だいたいハイパーインフレが解決してマルクが曲がりなりにも大人しくなったとき、ヒトラーはまだオーストリア国籍だったのだ。
 このようにして、しょーもない「実はナチスすげえ」神話ってのは、二一世紀においてもタムシのごとくはびこっていて、けっこうな社会的地位にある人ですら、「ナチスは戦争と虐殺はしたが、経済政策は成功した」と信じていたりする。困ったもんだ。
ウィキペディアの記述
    おそらくその流れなんだろうけど、「レンテンマルク」を構想してハイパーインフレを解決したのは、ヒトラーに協力したヒャマル・シャハトだ、という「伝説」がある。
 ウィキペディアあたりにもそう書いてあって頭が痛いのだが、実際のレンテンマルクの構想者はヘルフェリッヒであり、シャハトはむしろその案に強く反対していたのだ。
 一九二三年十月六日付けの書簡において、シャハトはときの首相シュトレーゼマンに向けてこのように論難している。
「健全通貨はただ金本位通貨のみである。その他の通貨は特に我が国のような経済状況の下では、再び崩壊に向う」
「まだ終りの見えない財政赤字を通貨の発行でカバーすることは財政政策のもっとも重大な誤り」
 などなど。

2015年12月26日土曜日

ライ麦畑でつかまるものは?

 ライ麦というものは、あまり日本人にはなじみがない。気候風土が合わないらしく、昔から作られていないのだ。
 ライ麦というやつは、育つと1メートルから3メートルくらいになるそうで、その畑に人が入り込むと姿が見えなくなってしまう。そこでライ麦畑というのは、ちゅっちゅちゅっちゅする場所、ということになっていたりする。ドリフの「誰かさんとと誰かさんが麦畑」というのはライ麦畑のことで、この歌は元々イギリスの猥歌なのだ。それが名作『ライ麦畑でつかまえて』のタイトルの元になっている、ということは以前エントリーに書いた。

2015年12月9日水曜日

『ノーベル賞経済学者の大罪』と裸の女王様

ノーベル賞経済学者の大罪
 (ちくま学芸文庫)
『ノーベル賞経済学者の大罪』という刺激的な本がある。中身の小見出しのタイトルもなかなかステキだ。

…………
第1章:お砂場遊びの坊やたち
第2章:統計的有意性はお呼びでない
第3章:黒板経済学の不毛
第4章:社会工学の思い上がり
第5章:新しく謙虚なブルジョアの経済学
補論:経済学の秘められた罪

…………
 ……とまあ、どっかの夕刊紙みたいな見出しが並んでいる。
 が、内容のほうはごく真っ当な現代経済学の入門書で、ちょっとひねくれた人が経済学の裏口から入るのにちょうど良い、そんな感じの本だ。経済学そのものを根底から問い直そう、などというような野心的なものではなく、ほっといたらずいぶん薄汚れてしまったのでお洗濯しましょ、といったところか。

 でも読んでいると、その「お洗濯」から服のほつれややぶれが目につき、経済学というものについてちょっと考え直してみたくなったりもする。
 著者はそれについて、指し示すだけで黙ってる。
「ほら、見れば分かるでしょ」と言いたげに、口を閉ざして微笑んでいる。

2015年11月18日水曜日

裸の王様のおとなりで女王様が裸踊りしているという状況について

「王様は裸だ!」というのはよく政治の場で使われるレトリックである。
 では、女王様の方は裸にならないのだろうか?その方が大衆に受けるし、子供がそれを指摘したなら、周りの人間が必死で子供を黙らせるだろう。
 経済学という学問は、「社会科学の女王」を名乗っている。
「王様(政治)」はよく裸にされるのに、「女王様(経済)」が裸にされないのはなぜか。やっぱ倫理的な問題があるのか。
 つまらんジョークはさておき、人が経済学に対してつっこみづらいのは、やっぱり貧乏より金持ちがいいし、不況より好景気がいいし、そうした大衆の欲望を体現する学問だからだろう。

 が、しかし、その「女王様」が、ストリップをおっぱじめてしまっている。他ならぬ、この日本で。

2015年10月26日月曜日

背中合わせのタンゴまたはアルゼンチンと日本の経済史を適当に比較する試みのつづき

アルゼンチン経済史 (1974年)
 (ラテン・アメリカ経済選書〈2〉)
 前回からの続き。

 アルゼンチンは一八九〇年の恐慌から一八九四年に回復基調に乗る。
 日本は一八九九年に第一次恐慌にみまわれる。「第一次」とは後になって名づけられたもので、もちろんその次がある。続く一九〇〇年には第二次恐慌が起こる。
 日本政府は増税し、大蔵省・日銀はともに緊縮財政をとる。その年さらに北清事変(義和団事件)へと出兵。戦費調達のために三度目の増税をする。
 一九〇三年からアルゼンチンは繁栄の時代へと入るが、日本は一九〇四年に日露戰争、かろうじて勝ちはしたが経済は安定感を欠き、一九〇七年にはまたぞろ恐慌となる。

2015年10月25日日曜日

背中合わせのタンゴまたはアルゼンチンと日本の経済史を適当に比較する試み

 クズネッツの有名なジョーク。「世界経済は四つのパターンにわけられる。ヨーロッパとアメリカと日本とアルゼンチンだ」
 ヨーロッパとアメリカはわかるが、なぜそれに日本とアルゼンチンがくっつくのか。それは日本が途上国から先進国にのしあがり、アルゼンチンは逆に先進国から後退してしまったからだ。そうした「境目」を越えた例は、今のところこの二国しかないという。
アルゼンチン経済史 (1974年) 
(ラテン・アメリカ経済選書〈2〉)

 そういえば『日本がアルゼンチン・タンゴを踊る日』とかいう本があった。アルゼンチン政府が財政破綻したのになぞらえ、日本もそのうちそうなると脅した本だ。
 そんな風に比較される割には、アルゼンチン経済について知らないな、と思ったのでなんとなく経済史を比較しつつ、メモってみたいと思う。


ウーゴ・ディアスのハーモニカによるタンゴ

2015年10月7日水曜日

勉強しなはれ勉強しなはれ勉強しなはれ♪

 マルクスとエンゲルスとレーニンの三人がインタビューを受けた。
 質問は「妻と愛人、どちらがお望みですか?」というもの。
 まずマルクスは「妻だ」と答えた。
 エンゲルスは「愛人」
 レーニンは意外にも「両方とも」と言う。
 驚いたインタビュアーが「なぜ両方?」ときくと、レーニンは笑いながらこう答えた。
「妻には『愛人の所にいる』と言い、愛人には『妻の所にいる』と言えばいいからね」
「で、独りになってどうするんです?」
「一に勉強、二に勉強だ」 

 これ、一応ジョークらしい。元ネタは、社会主義政権下で若者が何をすべきかと問われた時、レーニンの答えが「一に勉強、二に勉強だ」というものだったことからきてるとか。なんか元ネタがわかっても、どこら辺が笑いどころなのかさっぱりわからん。

2015年10月4日日曜日

目にわ目を!歯にわハニワ!!

    「目には目を、歯には歯を」という「同害刑法talio」で知られるハンムラビ法典なのだが、その実態は同害でも何でもなかったりする。
 時々半端にかじった人が、「ハンムラビ法典というのは、そんな乱暴な法律ではなくて、目をつぶされたら相手の目をつぶす以上のことはしてはいけないと、暴力に歯止めをかける法律なのだよ。ふっふっふ」とおっしゃってくれたりするが、読んでみると全然そんな大人しいもんじゃない。