先月、二月の二二日(ネコの日だそうだが)、いつものようにKARAS APARATUSへダンスを見に行った。
勅使河原三郎と佐東梨穂子は海外で公演中なので、今回は新進の鰐川枝里である。この人は以前ちらっと舞台で踊ったのが印象に残っていた。バネの利いた踊りで、見るものを引き込んでいく、というタイプのようだ。
今回、初めてソロの舞台を見た。タイトルの『米とりんご』はどのような意味があるのか、というのは正直よくわからなかったが、ダンスそのものは素晴らしかった。
まず最初、吹きすさぶ風の音の中で、鰐川枝里がうずくまっていた。やがて童謡がアレンジされたものが流れ、それに合わせて激しく踊り出した。その踊りは、童謡の流れる中いつまでもいつまでも続き、それほどたくましくも見えないダンサーが、途中で倒れやしないかと心配になるほどだった。
そういえば、子供というものは、いつまでもいつまでも全力で遊んでいるものだ。遊びをせんとや生まれけん、と歌にもある通り、見ているこちらがはらはらするまで遊び続ける。誰もがそうした子供時代を持ちながら、いつの間にか忘れて大人となり、駆けまわる子供にはらはらするようになってしまう。
やがて音楽が変わり、ゆっくりした「大人」のダンスに変わった。それを見てややホッとしながら、こんなことを思った。
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今は亡き戸川純の『夢見る約束』で踊ってくれたらいいのになあ……)