2016年3月10日木曜日

愛読書が思い当たらない

「愛読書はなんですか?」と訊かれると困る。一冊の書物を舐めるように何度も何度も読み返すようなことはしない。人生は短く、書物はあまりに多いのだ。こうしているうちにも本は何冊も何十冊も生み出されている。どーすりゃいーんだー。

 クリスチャンなら「聖書でーす♡」と答えときゃいいんだろうけど、こっちはそうもいかない。仏教徒は大般若経を愛読したりしないし。だいたい「愛読書」ってなんだ。そんな毎日毎日同じ本を読むなんてのは、出版点数が極端に少なかった頃の習慣じゃないのか。
葉隠 (講談社学術文庫)

 バレエの振付けに哲学を持ち込んだといわれるモーリス・ベジャールの愛読書は『葉隠』だった。毎晩寝る前に少しづつ読んでいたという。

コンサート活動を一切やめてレコードだけ出し続けたピアニスト、グレン・グールドの愛読書は夏目漱石の『草枕』だった。死んだ時も、枕元に聖書と重ねて置かれていたそうだ。

草枕 (1950年) (新潮文庫)
  未だ「愛読書」に出会えていない私は、もしかすると不幸な人間なのかも知れない。
 しかし、それが「書籍」というものを商う人間の宿命、というものではないだろうか。「書籍の宿命」(ファトゥム・リベローヌム)というものがあるのなら、それを扱う人間も巻き込まれることはあるだろう。と、かっこつけてごまかしておこうか。

 だいたい、本当の本当に愛してる本なんてあったら、人に教えたりしたくないよねえ。違うかな。

「草枕」変奏曲―夏目漱石とグレン・グールド
漱石とグールド―8人の「草枕」協奏曲



注:このエントリーは以前書いたものを少し書き足して再録したものです。

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