まったく奇妙なことだが、投資家と呼ばれる人たちの中に古本屋に関わろうとする連中がいる。SBIホールディングスの北尾氏が老舗北尾書店の息子だとか、そういうことではない。投資家たちはよく、ただの客として古本屋に現れ、店頭の百均をあさり、棚から掘り出し物を物色してゆくのだ。その熱心ぶりは、そうと言われなければ、せどり屋の類かと思ってしまう程だ。
古本屋と投資家の関わりは意外と古く、戦前のアメリカでもすでにブック・ロウ(マンハッタンの古書通り)をうろつく投資家たちの姿があったそうだ。
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稀覯本ディーラーは金回りのいいブローカーや株式取引に携わる人々がコレクターだというだけの理由から、しばしば彼らと密接な関係を持っていた。そのおかげで株式市場に精通して健全な買いができたが、1929年、1930年には多額の負債を抱えることになった。(註:大恐慌のせい)ハートマンは顧客であるブローカーのいいなりになって大損したことがある。その後10年経っても彼の怒りはおさまらず、こうしたブローカーたちは「娼婦の魂の持ち主だ。といっても、約束を果たす正直な女性である娼婦を侮辱するつもりはないが」と書いている。
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古本と株式投資に共通点を見出すなら、ただの紙くずにしか見えないものがとんでもないお宝に化ける、とでもいうところか。
じゃあ投資家たちが意外に読書家かというと、さにあらず。本など読む暇があったら株価のチャートを見ているし、「教養」などという一銭にもならないものには鼻も引っ掛けないのだ。
伝説の投機王リバモアは、「バルザックについてどう思う?」と聞かれ、
「私は場外銘柄は取引しない」
と答えたそうだ。
バルザックといえばピケティの本でも有名になった『ゴリオ爺さん』であり、聞いた方はラスティニャックやヴォートランについて話そうとしたのかもしれない。
リバモアは大恐慌の時に莫大な空売りを仕掛けて大儲けした。最初に取り上げた古本屋の親父もリバモアと付き合っていたなら、そんな目には合わなかったかもしれない。しかし、リバモアは本にも政治にも宗教にも倫理にも興味のない男だったから、そんなのは水がワインになる以上にありえない話だっただろう。
私が老舗の古書店で働いていた時、そういう「投資家」のお得意さんに何人か出会ったことがある。
彼らは共通して、買っている本の量がとんでもなく多い。しかし、普通の古本マニアなどとは違い、どこか本に対する愛着が薄い。初版本のコレクターなどもいたが、書棚にも並べず押入れの中にぎゅうぎゅうに詰め込んでいた。
そして例外なく妙に色っぽい奥さまがいて、奥さまは必ず本を毛嫌いしていた。中には「本なんて辛気臭いものが好きなやつはおかしい」などと、古本屋に向かって平気で言い放つ奥さまもいた。
そんなことをパナマのタックス・ヘイブンの顧客リスト流出の話を読みながらつらつらと思い出した。
次回からまた、経済の話をあんまり経済的でなく書いてみたいと思う。
ちなみに、現在当書店の顧客には、残念ながらそのような人はいない。投資との関わりといえば、時々電話がかかってくることくらいだ。
「投資にご興味はございませんか?」
私はいつもこのように答える。
「凍え死にすることに興味はありません」
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