2016年3月11日金曜日

人はいつ「わからなく」なるのかわからないということについてあるいは3.11でわからなくなったいろいろなこともしくはららら科学の子

「わからない」というのはどういうことか。
 一口に「わからない」といっても段階がある。
 まず、知らないからわからない。知識が不足していればわからないのは当たり前。
 次に、知識はあるがそれの組み立て方がわからない。
 そしてその上の段階として、わかってるけどわかってない、ということ。さらにまた、「わかってない」というそのことが「わからない」というのもある。

 カントは理性の限界を示して、どんなにがんばってもわからないことがある、ということをわかりにくく書いた。カントが生きてる時代は、「わかってるけどわかってない」人たちがたくさんいたからだ。そういう「俺はわかってるぜ」という人たちに「君はわかってない」ということをわからせようとすると、すぐ「じゃあお前はわかってるのか」と返してくるので、「僕もわからないけど君もわかってないんだよ」と言わなくてはならない。「わかってるけどわかってない」人たちの「わかってないくせに、なんでわかってる人間を批判できるのか」という問いに答えるためには、「わからない」ということについて徹底的に考える必要があった。そのためにカントは『純粋理性批判』という、とてつもなくわかりにくい本を書くことになった。

 カントが生きていた頃、「わかってる」人たちが何についてわかっていたかというと、「神は正しい」ということだった。
 そして、21世紀の日本において、「わかってる」人たちが何についてわかっているかというと、「科学は正しい」ということである。

 さて、昨年の3.11以降、いろいろな論がとびかった。その中にはたくさん、「科学的」に「わかってる」人たちのものがあった。
「科学的」に「わかってる」人たちはこのように語る。
「事故なら自動車だって起こす。しかも毎年何千人と死んでいる」
「自然界にもたくさんの放射能が元々あるんだ」
 確かにそれは「科学的」に正しい。
 しかし、「わかってる」人たちの間でも、「放射能がバラまかれたことの責任は誰にあるか」ということについては、意見が分かれているようだった。
 だって、「責任」はぜんぜん「科学的」じゃないから。
 自動車事故の責任者は自明だが、それは「科学的」に決定されているわけではなくて、「社会的」「慣習的」に決められているものである。
「科学的」に「わかってる」人たちは、「責任」は非科学的なので、考えに入れたくなかったのだろう。

 「原発の放射能を怖れる必要はない」

 「放射能よりも発ガン性物質の方がよほどガンを誘発する」

 そう、その通り。

「科学的」に「わかってる」人たちは、「人が死ぬ」ということと「人が殺される」ということの区別をつけられない。
 発ガン物質に由来するガンと放射能に由来するガンは区別が付けられないので、もし統計的に有意差があったとしても、放射能が原因だとは「言い切れない」と「科学的」に解釈する。差が少なければなおさらだ。
 しかしそれは、「一人の人間の死は悲劇だが、数百万の人間の死は統計上の数字でしかない」というスターリンのセリフと五十歩百歩のものだ。
 目に見えない放射能というものがバラまかれてしまえば、たとえそれが人為に由来するものであっても、自然界のものと区別がつかなければ一緒にして考える、というのが「科学的」に「正しい態度」というわけである。
 それは、たとえ大勢の人間が殺されても、「戦争なんだから仕方ない」と考える態度とそっくりだ。
 科学の限界が、これほど身近に感じられたのは、近来にないことだった。
 原発であり得ないはずの事故が起きた、ということでなく、その事故後の「科学的」思考について、今後いくら技術が進歩しようと越えられない壁、のようなものを見せられたような気がした。

 あの日、いろいろなことが「わからなく」なった。
 今までわかっていたはずのことまでわからなくなった。

 ちなみに、カントは一七五五年のリスボンの大地震に大きな衝撃を受け、その哲学を完成させといわれている。
 また、地震について分析したパンフを製作しており、それは現代の地震学につながる科学的地理学の嚆矢であるとベンヤミンが評価している。(岩波書店『カント全集』第一巻収録)

カント全集〈1〉前批判期論集(1)


リスボンの震災についてはこちら⤵︎
http://nisee.berkeley.edu/lisbon/




注:このエントリーは、二〇一二年の三月一日に書いたものに少し書き足して再録したものです。
 当時、何年か経てば多少のことは「わかる」ようになっているだろう、と考えていましたが、さっぱりですね。むしろ状況は後退していると言えます。
 

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