2015年10月5日月曜日

本を盗むのはノーベル賞のなせる技?

《竊書(せっしょ)は盗みとは申せん……竊書はな……読書人のわざ、盗みと申せるか》(竹内好訳)
…………
 これは以前とりあげた魯迅の孔乙己(コン・イーチー)』の一節である。繰り返しになるが、「竊書」とは本を盗むことである。ハンムラビ法典に照らすなら、即座に死刑だ。
 魯迅による当時の中国社会の描写は適確であり、少なくとも、この程度のこそ泥の存在は許されてあったようだ。もちろん現行犯で捕まればひどい目に遭うが、それでも殺されるというようなことはない。そうしたことは、代表作『阿Q正伝』を見てもわかる。少なくとも江戸時代の日本よりは寛容なようだ。
 これは論語の影響だろうか?
「季康子患盗、問於孔子、孔子対曰、苟子之不欲、雖賞之不窃(季康子が盗賊を患(うれ)いて孔子に問したところ、孔子対(こた)えて曰うには、苟(いや)しくもわたしには欲などないのだから、賞(ほ)められても盗むことはないぞ、とのことであった)」など、孔子は盗みについて、ただ財産を奪う以外の意味を沿わせて語ることが多い。

2015年10月4日日曜日

目にわ目を!歯にわハニワ!!

    「目には目を、歯には歯を」という「同害刑法talio」で知られるハンムラビ法典なのだが、その実態は同害でも何でもなかったりする。
 時々半端にかじった人が、「ハンムラビ法典というのは、そんな乱暴な法律ではなくて、目をつぶされたら相手の目をつぶす以上のことはしてはいけないと、暴力に歯止めをかける法律なのだよ。ふっふっふ」とおっしゃってくれたりするが、読んでみると全然そんな大人しいもんじゃない。

2015年9月25日金曜日

【神を乗り越えることは可能だということか編】それからエデンの東へ行ったのだった

East of Eden
「アメリカ文学なんてものはね、スタインベックとヘミングウェイだけ読んどきゃいいんです」
と、その時教授は言い捨てたのだった。
 それは大学の一般教養の「英文学」の授業でのことで、その教授の顔も名前も授業内容も憶えていないが、この忌々しげな一言だけは、はっきりと耳に残っている。英文学をこよなく愛する教授にしてみれば、本当はアメリカに「文学」が存在することなんざ認めたくもないのだが、この二人だけはどうしても無視できない、というわけだ。
 そして、それは今も似たような状況が続いている。なんせ、アメリカはトニ・モリスンが受賞して以後、もう二〇年以上ノーベル文学賞が出ていないのだ(二〇一五年現在)
 ちなみに、ヘミングウェイもスタインベックもノーベル文学賞を受けている。

2015年9月20日日曜日

【小説を映画にするのはとても大変なのだ編】それからエデンの東へ行ったのだった


 『エデンの東』を観た後、映画の『それから』を観てみたくなった。貸しビデオ屋においているか危ぶんだが、近所の図書館に置いてあった。亡き松田優作主演、ヒロインは藤谷美和子、友人役が小林薫で、あと風間杜夫イッセー尾形、今何やってんだろかの羽賀健二まで出演している。
 監督はあの森田芳光
 この人にはへんな形容詞よりも、ただ「あの」とつけておきたい。

2015年9月19日土曜日

【世襲を否定することなくその破綻を描くということ編】それからエデンの東へ行ったのだった

漱石自筆原稿 それから (複製)
…………
……彼は自ら切り開いたこの運命の斷片を頭に乘せて、父と決戰すべき準備を整へた。父の後(あと)には兄がゐた、嫂(あによめ)がゐた。是等と戰つた後には平岡がゐた。是等を切り抜けても大きな社會があつた。個人の自由と情實を毫も斟酌して呉れない器械の樣な社會があつた。……
…………

2015年9月16日水曜日

【戦争によって引き裂かれるのは敗者だけでなく勝者もだ編】それからエデンの東へ行ったのだった(以降いちいち書かないけどネタバレがあります)


 漱石の『それから』において戦争は重要な意味を持っている。
 といっても、銃弾が飛び交うわけでもなければ、従軍した兵士が思い出を語るでもない。「日露戦争」という言葉は、たった五回しか出てこない。
 しかし、この物語の中には「日露戦争」が影を落としており、その影のくっきりした輪郭をなぞることができる。
…………
 三千代の父はかつて多少の財產家と稱(とな)へらるべき田畠の所有者であつた。日露戰争の當時、人の勸めに應じて、株に手を出して全く遣(や)り損なつてから、……
…………
……廣瀬中佐は日露戰争のときに、閉塞隊に加はつて斃(たふ)れたゝめ、當時の人から偶像(アイドル)視されてとうとう軍神と迄崇められた。けれども、四五年後の今日に至つて見ると、もう軍神廣瀬中佐の名を口にするもの殆んどなくなつて仕舞つた。
…………
……けれども今は日露戰争後の商工業膨張の反動を受けて、自分の經営にかゝる事業が不景氣の極端に達してゐる……
…………
 日本は日露戦争に勝利した。
 しかし、戦争によってできた社会の亀裂について、勝者の側は鈍感であることが多い。それは、没落するものへの鈍感さとなって顕れ、社会に「格差」というねじれを生み出す。

2015年9月13日日曜日

【『エデンの東』のジェームス・ディーンはたいして反抗的ではなかったよ編】それからエデンの東へ行ったのだった

左からエリア・カザン、マーロン・ブランド、ジュリー・ハリス、ジェームス・ディーン
(『エデンの東』のセットにて)
    上掲の写真は、『エデンの東』撮影中にマーロン・ブランドが訪れた際の記念写真である。なぜマーロン・ブランドがやってきたかについては、エリア・カザンの自伝に詳しく書かれている。(ややネタバレあり

2015年9月9日水曜日

それからエデンの東へ行ったのだった

それから (1953年) (角川文庫〈第321〉)
 一昨日、九月七日月曜日、夏目漱石『それから』の復刻連載が終った。
 例によって娘に朗読させたので、これで『こころ』『三四郎』『それから』を読み終わったことになる。
 さて、娘が読んでいる最中、顔に出さないようにしていたのだが、実は私は『それから』を昔読んだはずなのに、さーっっっっっっぱり内容を忘れていたのだ。自分でもびっくり。なんとなく友人の奥さんを好きになる話だな、というのはうろでおぼえていたのだが、それ以外の展開はまったく記憶から消えていた。
 なんなんだろうねえ……まあ、おかげで漱石をもう一度味わうことができたので、よしとしてしまおう。

2015年9月3日木曜日

観光客としてあまり優秀とはいえない人間の観光旅行再び

 また今年も伊豆大島に出かけた。
 もちろんセスナである。
 あの墜落事故でびびるようなわが一族ではない。

2015年8月30日日曜日

でででででもでもデモデモデモンストレーションでもってデモクラシーでももももも

 今日八月三〇日、午前中に国会前をのぞいてきた。
 アホな法案に反対したいというのもあるが、娘の社会勉強のためでもある。

2015年8月29日土曜日

どっかで似たようなのを見かけたんだけどどこで見たのかかわからなくてもやもやするということ


 見よ、この勇姿を!岡本太郎による永遠のシンボル太陽の塔である。バックからウルトラマンのテーマ が聞こえてきそうだ。
 このとんでもなくへんてこな造形物に、なぜ我々は愛着を抱いてしまうのだろう?
 それは、この見たこともないへんてこな代物が、どこかで見たような気がするからだ。
 どこで?はるかな太古の昔に、と岡本太郎なら答えるだろう。
 岡本太郎は縄文土偶の美しさに魅せられ、それを模した作品をいくつも作っている。太陽の塔はその集大成ともいえるものだ。
 しかし、それをもって岡本太郎の作品を「縄文土偶のパクリ」という人はいないだろう。

 で、例のオリンピックのエンブレムなんだが……

2015年8月21日金曜日

ときに美しさは力であるということについて


 ヴィム・ヴェンダース監督のドキュメンタリー映画、『セバスチャン・サルガド/地球へのラブレター』を観た。
 ヴェンダースの作品も、サルガドの写真も、目にするのは久方ぶりだ。サルガドはつるつるになっていた。
 原題は“The Salt of the Earth”、「地の塩」である。
 聖書において、キリストが弟子たちに「汝らは地の塩なり」と語りかける。マタイ伝第五章十三節、いわゆる「山上の垂訓」の一節である。
「地の塩」とは、社会を正しい方向に導く存在ということだ。
 まあ、「地の塩」と言われてぱっとわかる人は日本に三割もいないだろうから、タイトル変更もやむを得なかったのだろう。

2015年8月16日日曜日

無はリズムの「無」もしくは勅使川原三郎「アブソリュート・ゼロ」

ホドラー、emition


 もう一度これを貼ってしまおう。
 今年始めころのエントリーであつかった、フェルディナント・ホドラーによる“emition"(英語だとemotion)である。
 ホドラーは人が並び、ときに踊る姿によって「生命の律動」を描き出した。それは「良きリズム」(ユーリズミックス、またはオイリュトミー)と呼ばれた。
 その下に「無」の画像を並べたのは、まるでこの絵から「無」の漢字が象形されたかのように見えるからだ。
 そして、「無」という漢字は、「舞」という漢字と同じ根源をもつ。

2015年8月6日木曜日

夏のおもひで

夏の終り


 子供の頃住んでいた家は、庭に防空壕があった。
 ただ穴を掘っただけのものではなく、コンクリートで固められたもので、「百キロ爆弾の直撃にも耐える」というしろものだった。
 叔父が「ほんなもん、ほんまに直撃しよったら、防空壕は壊れんでも中の人間はショックでみんな死んでまうわな」と笑っていた。
 形は丸く、大昔の古墳に似ていた。何か大きな動物がそこに背を見せているようでもあった。
 防空壕にはすっかり雨水が溜まっていて、樹々に囲まれて昼なお暗く、その水が干上がったことは一度もなかった。

2015年8月2日日曜日

やっぱり日本はスパイ天国だった!!アメリカの(笑)

 一昨年、以下のような一連のエントリーを書きました。

それはどこらへんで言ってることなの?




 これらのエントリーの中で、「日本がスパイ天国だとかいうのって、自称じゃん。他で言ってるの聞いたことないんだけど」と揶揄しました。
 申し訳ありません。私が間違っておりました。
 日本は確かに「スパイ天国」だったようです。
 ただし、アメリカの(笑)

2015年7月29日水曜日

歯が痛い歯が痛い歯が痛い歯が痛歯が痛い歯痛い歯痛い歯痛歯痛痛歯が痛い歯が歯が痛い痛痛いい

 歯が痛い。普段の歯磨きは医者にほめられるくらいやっているのだが、数年前かかっていた歯医者の治療がどれもこれも手抜きだったのだ。超ロングレンジの時限爆弾を歯に仕掛けられていたようなものか。
 

2015年7月24日金曜日

2015年7月23日木曜日

個人をだませば詐欺だが会社をだませば投資になる

ウォール街予告編

    まず、こちらのギリシャ危機についての、元ウォール街でぶいぶいいわせてたChris Arnadeって人の読み物っぽい記事なんだが……

Blame the Banks

>One of the first lessons I was taught on Wall Street was, “Know who the fool is.” That was the gist of it. The more detailed description, yelled at me repeatedly was, “Know who the fucking idiot with the money is and cram as much toxic shit down their throat as they can take. But be nice to them first.”
(ウォール街で初っぱなに教わることと言えば「バカを見つけろ」てことだった。そこんとこが大事。もうちょいわかりやすく言うと「金を握ったド級の白痴を見つけたら、そいつの腹がぱんぱんになるまで毒入りう○こをつめ込んでやれ。ま、最初は丁重にあつかってな」てこと)

 わー、さすが強欲の殿堂ウォール街、はんぱじゃねーな。“toxic shit "とか、チンピラみたいなことマジで言っちゃうんだ。
 で、問題はこの続き。

>When I joined in Salomon Brothers in ‘93, Japanese customers (mostly smaller banks and large industrial companies) were considered the fool.
(俺がソロモン・ブラザースにいた93年では、日本人のお客様方(だいたい中小の銀行やら大きめの製造業)が、そのバカってことになってた)

2015年7月22日水曜日

自由意志!自由意志!

世界がもし100人の村だったら
 先日、かしこくもかたじけなくも総理大臣閣下がテレビのニュース番組にご出演下さり、ありがたくもおん自ら安保法案についてご説明下さったとやら。なんとまあ、ありがたいことか。おんあびらうんけんそわか。

2015年7月16日木曜日

民主主義ってなんだっけなんだっけ♪

「大人」たちは民主主義が嫌いだ。
 なぜ嫌いかというと、自分でものを考えなきゃならないからだ。
 なぜ自分でものを考えなきゃならないのが嫌いかというと、そういうことをすると「損」だからだ。
 なぜ自分でものを考えるのが「損」かというと、自分でものを考えるのはしんどいからだ。
 なぜ自分でものを考えるのがしんどいかというと、一生懸命考えても自分の思う通りにはいかないからだ。
 なぜ一生懸命考えても自分の思う通りにいかないかというと、それが民主主義というものだからだ。あれ?

 てなわけで、ここは一つ民主主義とはどのようなものか、ちょっと振り返ってみよう。

2015年7月9日木曜日

花泥棒は罪にならずとも本泥棒は……

孔乙己・風波 (表音・注釈魯迅作品選)
 魯迅に『孔乙己(コン・イーチー)』というとても短い短編がある。
 内容は、孔乙己という落ちぶれたインテリの話だ。孔乙己とはあだ名で、手習いで書く決まり文句「上大人孔乙己」から来ている。孔という姓だけは本名らしい、とされている。
 科挙をすべって日々だらだらと暮らし、代書を生業としたこともあったが、酒癖の悪さから筆も紙もなくしてしまい、今はこそ泥をしては酒を飲む日々だ。
 何を盗むかというと、本である。

2015年7月8日水曜日

エロイムエッサイムのつづき

陰陽師 コミック 全13巻完結セット (Jets comics) [マーケットプレイス コミックセット]

 十年くらい前、ちょっとした安倍晴明ブームがあった。
 なかでも岡野玲子による漫画は、その原作である夢枕獏の小説を越えてブームの中心にあった。私も漫画は読んでいるが、小説の方は読んでなかったりする。

2015年7月2日木曜日

エロイムエッサイムエロイムエッサイムわれはもとめうったえたりエコエコアザラクエコエコザメラクアブドルダムラルオムニスノムニスベルエスホリマクわれのもとにきたりわれとともにほろぶべし

悪魔くん千年王国 (ちくま文庫)
 なんかちょっと興味をひかれる記事があった。

「巨額脱税…でも生活費は月5万円」ネット株億万長者が法廷で〝清貧〟アピールも…裁判長「感覚ズレている」と一喝
>弁護人の問いに、男は賃貸マンションの家賃こそ月15万円だが、月々の生活費は「光熱費1万円、食費3万円、ほか1万円」と打ち明けた。

>「予想して当たるというのが楽しいだけ。理解しがたいかもしれないが、旅行好きな人の中にも『旅行の計画を立てることが好き』という人がいる。(株は)その感覚に近い」「欲が減ってからもうけることができるようになった。欲に駆られてしまうと無理な取引をしてしまう」

 なるほど。どんどんお金を増やすこと「だけ」が目的となり、税金を払いたくなくなった、と。
 裁判長の一喝とやらはどうでもいいとして、この男の物言いは「高度資本主義」というものをわかりやすく表している。