2015年9月17日木曜日

【なぜレッドパージというものが必要とされてしまうのか編】それからエデンの東へ行ったのだった

And Then:
 Natsume Seoseki's Novel Sorekara
それから』には、幸徳秋水 の名前がちらっと出てくる。

…………
……幸徳秋水の家の前と後に巡査が二三人宛(づつ)晝夜張番をしてゐる。一時は天幕(テント)を張つて、其中から覗(うかが)つてゐた。秋水が外出すると、巡査が後を付ける。萬一見失ひでもしやうものなら非常な事件になる。今本郷に現れた、今神田へ來たと、夫(それ)から夫(それ)へと電話が掛つて東京市中大騒ぎである。新宿警察署では秋水一人の爲に月々百圓使つてゐる。……
幸徳秋水
…………
それから』の連載が終了した次の年、幸徳秋水は逮捕される。そして、いわゆる「大逆事件」へとつながってゆく。
 それまでに、こうした社会主義への弾圧は、漱石にある種滑稽な印象を与えるほど、過剰なものになっていた。
 読んでいて、ふとレッドパージを思い起こすほどに。

 日露戦争に勝利した後、日本国内の社会は揺れていた。所謂日比谷焼打事件などがそれを象徴している。
 さらに、勝利した二年後の一九〇七年には恐慌が起きている。これはアメリカで発生したものではあったが、もちろん日本もそれなりの要因があり、溜まっていた油に引火したようなものだった。
 日露戦争の戦費は増税と公債増発、それを得る迄の不足分は日銀借入金・大蔵省証券で補填していた。戦後桂内閣は積極財政をとり、その財政規模拡大が民間経済に悪影響(増税とか)を与えていた。
 日本の公債増発に不信感を抱いた外資は消極的となり、公債の外債への借り換えは進まず、それは恐慌の発生によって決定的となった。
 桂内閣は恐慌を機に、ぺろっと手のひらを返して緊縮財政をとり、それによって外資が戻ってきて一息つけるようになった……というのが『それから』の中の日本経済の状況である。

 日露戦争後目に付く政策は「増税」であり、また政府は産業の振興に心を砕いたが、大衆の生活についてはほっぽらかしだった。そういう時代だったのだ、という言い方もあり得ようが、民衆のフラストレーションをどこか別のところへ向けなくては、また焼討ちなどが起こったら大変なことになる。
 こういう時、恰好の標的となるのが、「左翼(アカ)」というものである。

 これをイデオロギーの側面から語ると、まったくおかしな印象になる。どのくらいおかしいかというと、頭の横で指をくるくる回したくなるくらいだ。
 実際には、アカへの弾圧はフラストレーションのたまった民衆への弾圧なのである。わかりやすくたとえると、チンピラが相手を脅すのに、側にあるガードレールやら三角コーンやらを蹴っ飛ばすようなものだ。別なものに暴力を振るってみせることで、本来の対象をビビらせようという魂胆である。
 なので、それはバカバカしいくらい過激になり、そこら中で話の種となるように過剰に演劇的となる。
 そうしておけば、税金をむしられてる側が「世の中おかしいんじゃないか」と言いたくとも、そんな「アカみたいなこと」は口にできなくなるわけである。

『エデンの東』の舞台となる一九一七年は、ウォール街がその力に目ざめだしたころである。
 ジェームス・ディーン演ずるキャルの差し出した札束を父アダムは拒絶する。アダムは、広大な農場を持ちながらも、額に汗して働くことを最上の価値とし、毎夜息子たちと聖書を朗読する敬虔なプロテスタントである。
 ラストで、生真面目な古い価値観の持ち主である父が倒れ、兄が去り、キャルが兄の婚約者と口づけするにいたり、この映画はその後の「アメリカ」を予感させる。
 やがて株式ブローカーたちが一瞬にして巨万の富をつかむ時代が到来し、
…………
「農業コミュニティーのプロテスタントたちは、正直者が額に汗してようやく手にできる生活を、『何もせずに』左うちわで手にしている男や女がいる光景を見てあぜんとした」
…………
アメリカ市場創世記
──1920~1938年
大恐慌時代のウォール街 
(ウイザードブックシリーズVol.226) 
という次第となったとアメリカ市場創世記』に書かれている。

 この時代になされた「フラストレーションそらし」は、禁酒法が主なものだった。しかし、それはほとんど意味のないもので、アル中の死者が激減したのは最初の一年だけだった。
 そこでやはり効果があったのは、アカどもへの弾圧だった。それは、額に汗して働くしか能のない連中を黙らせるのに、とても効果があった。

 そしてこれらのことは、エリア・カザンが裏切り者となったレッドパージについても言えることだ。
 カザンは、その大根役者だらけの大仰な舞台が茶番だと気づいていたのだろう。そして、マーロン・ブランドも、アーサー・ミラーも。
 アーサー・ミラーは非米活動委員会に抵抗した人間だったが、カザンの内通後も仕事を依頼していた。カザンを非難したと巷間でささやかれたが、そのようなことはないと後にインタビューで応えている。

 勝者と敗者をわける「戦争」は、社会の内部にも勝者と敗者を生み出し、その差を截然としたものにする。
 それはおおよそどの国でも見られる現象だが、困ったことに戦争に勝った側は、そのことに対して限りなく鈍感になる。
 その鈍感さは、ほぼ例外なく国家を腐敗へと導くのだ。

 次回に続きます。

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