夏の終り
子供の頃住んでいた家は、庭に防空壕があった。
ただ穴を掘っただけのものではなく、コンクリートで固められたもので、「百キロ爆弾の直撃にも耐える」というしろものだった。
叔父が「ほんなもん、ほんまに直撃しよったら、防空壕は壊れんでも中の人間はショックでみんな死んでまうわな」と笑っていた。
形は丸く、大昔の古墳に似ていた。何か大きな動物がそこに背を見せているようでもあった。
防空壕にはすっかり雨水が溜まっていて、樹々に囲まれて昼なお暗く、その水が干上がったことは一度もなかった。
おそらくは、官舎代わりに住まっていた将校たちが、なんらかの伝手でどこからかガメてきたのだろう。いざとなったら自分たちも隠れるために。
その家を壊すとき、いちばん難儀だったのがこの防空壕だった。
ブルドーザーでつっこもうが、クレーンでひっぱたこうがびくともしないのだ。
発破を使えればいいのだが、見える範囲に民家があってそれもできない。
結局どこからかパイルドライバーを借りてきて、上から突き崩したという。ちなにみ、このときの運転手は事故で死亡している。
夏休みでその家に帰った時、必ずその防空壕にのぼった。
防空壕の上には大小数本のパイプが刺さっていた。空気穴としてである。
そこからのぞくと、薄暗い水面に自分の眼がぼんやり映っているのが見えた。
夏の今頃になると、あの頃のことを思い出す。
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