2015年8月21日金曜日

ときに美しさは力であるということについて


 ヴィム・ヴェンダース監督のドキュメンタリー映画、『セバスチャン・サルガド/地球へのラブレター』を観た。
 ヴェンダースの作品も、サルガドの写真も、目にするのは久方ぶりだ。サルガドはつるつるになっていた。
 原題は“The Salt of the Earth”、「地の塩」である。
 聖書において、キリストが弟子たちに「汝らは地の塩なり」と語りかける。マタイ伝第五章十三節、いわゆる「山上の垂訓」の一節である。
 「地の塩」とは、社会を正しい方向に導く存在ということだ。
 まあ、「地の塩」と言われてぱっとわかる人は日本に三割もいないだろうから、タイトル変更もやむを得なかったのだろう。

 サルガドの展覧会には三回足を運び、分厚い写真集も買った。
 世界の悲惨さを写し取った写真は他にもたくさんあるが、サルガドの写真はなにか別なものがあるように思えた。
 サルガドの写真は美しい。
 悲惨なものを撮るのに「美しさ」を出すのは、ストイックな報道カメラマンなら躊躇するだろう。そこにフィクションが紛れ込むからだ。
 しかし、サルガドはそれを恐れなかった。
 徹底して美しく焼き付けられたプリントからは、被写体が持つ「力」が伝わってくる。
 力を持つものは美しく、またフィクショナルな美しさではその力を持てない。
 そしてそこに力があるからこそ、多くの人の心を打ち、また援助の手が差し伸べられたのだ。
 なぜなら、力を持つものには、未来があるからだ。
 よく訳知り顔が口にする「どうせ援助したって砂漠に水を撒くようなもんだ」という薄っぺらいセリフを、サルガドの写真はまったく無効にしてしまうのだ。

 最後に、聖書から「地の塩」の一節を引いておこう。

「汝らは地の塩なり、塩もし効力を失わば、何をもてか之に塩すべき。後は用なし、外にすてられて人に踏まるるのみ」


 
Genesis
Workers: An Archaeology of the Industrial Age
Sahel: The End of the Road (Series in Contemporary Photography, 3)
The Scent of a Dream: Travels in the World of Coffee

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