漱石の『それから』において戦争は重要な意味を持っている。
といっても、銃弾が飛び交うわけでもなければ、従軍した兵士が思い出を語るでもない。「日露戦争」という言葉は、たった五回しか出てこない。
しかし、この物語の中には「日露戦争」が影を落としており、その影のくっきりした輪郭をなぞることができる。
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三千代の父はかつて多少の財產家と稱(とな)へらるべき田畠の所有者であつた。日露戰争の當時、人の勸めに應じて、株に手を出して全く遣(や)り損なつてから、……
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……廣瀬中佐は日露戰争のときに、閉塞隊に加はつて斃(たふ)れたゝめ、當時の人から偶像(アイドル)視されてとうとう軍神と迄崇められた。けれども、四五年後の今日に至つて見ると、もう軍神廣瀬中佐の名を口にするもの殆んどなくなつて仕舞つた。
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……けれども今は日露戰争後の商工業膨張の反動を受けて、自分の經営にかゝる事業が不景氣の極端に達してゐる……
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日本は日露戦争に勝利した。
しかし、戦争によってできた社会の亀裂について、勝者の側は鈍感であることが多い。それは、没落するものへの鈍感さとなって顕れ、社会に「格差」というねじれを生み出す。
時は一九一七年であり、アメリカの参戦は必至の情勢だ。第一次大戦は、それによって英仏側の勝利が確実になる。
ジェームス・ディーン演ずるところのキャルは、戦争が始まれば需要が伸びる「豆」に投資し、大儲けする。
これは、この映画だけでなく、アメリカの「経済」の歴史を考える上で重要なことだ。
なぜなら、この世界大戦で、世界の金融の中心地はロンドンからニューヨークに移ることになったからだ。
多くの人々が、この戦争で「儲ける」ことに敏感になっていた。
アメリカは参戦した一年半の間に、三〇億ドルの債務国から三〇億ドルの債権国に変身した。
投資に敏感な息子とは逆に、キャルの父親で農場主のアダムは、レタスの冷蔵運送に挑戦して失敗し、大きな損失を被る。
アダムの挑戦は、当時画期的なものだったはずだ。大規模輸送が不可能だった農家は、過剰生産によって自殺に追い込まれるものが後を絶たなかったのだ。アダムの実験が成功すれば、それは当時の農業界に福音をもたらしたことだろう。
しかし、その損失を埋めるだけの金を、キャルは大した苦労もせず「戦争を利用して」儲けたのだった。
ジェームス・ディーン |
映画の中で、ドイツ系のアメリカ人がひどい目に遭い、それをキャルの兄アロンがかばうシーンがある。
街の人間がドイツ兵の残虐行為について怒り、八つ当たりしようとしたのだ。
昔のアメリカでドイツ系が「二級白人」扱いをされていたのは、以前エントリーに書いた通りだ。
しかもこの時、アメリカには禁酒運動が渦巻いていた。
のちに禁酒法の根拠とされる合衆国憲法修正第一八条は、まさに一九一七年に議会を通過している。
そして、アメリカのビールメーカーは、今もその名を見れば分かる通り、ドイツ系が多かった。
一九二〇年から施行されるボルステッド法(禁酒法)は、ドイツとの戦争がその成立において影を落としていたのだ。
ジェームス・ディーンに捧ぐ |
まだ続きます……
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