2015年9月13日日曜日

【『エデンの東』のジェームス・ディーンはたいして反抗的ではなかったよ編】それからエデンの東へ行ったのだった

左からエリア・カザン、マーロン・ブランド、ジュリー・ハリス、ジェームス・ディーン
(『エデンの東』のセットにて)
    上掲の写真は、『エデンの東』撮影中にマーロン・ブランドが訪れた際の記念写真である。なぜマーロン・ブランドがやってきたかについては、エリア・カザンの自伝に詳しく書かれている。(ややネタバレあり


エリア・カザン自伝〈上〉
エリア・カザン自伝〈下〉
…………
 ディーンのヒーローはブランドだった。誰もがそれを知っていた。なぜなら、彼がマーロンのことを話すときには、聖堂のなかで何かをささやくように声をひそめるからだった。わたしはブランドに声をかけ、セットにきて、ヒーローとして崇拝される気分を味わってみないかと誘った。マーロンは本当にやってきて、非常に親切な態度でジミーに接した。ジミーは恐懼のあまり、すっかり萎縮し、恥ずかしさに身をよじるといったありさまだった。
…………
 ジェームス・ディーンは撮影の合間にしょっちゅう股間を触るクセがあった。みんなそれを「英雄」マーロン・ブランドをリスペクトしてのことだと思っていたが、実は友人宅を止まり歩くうちに毛ジラミをうつされたせいだった。『理由なき反抗』撮影時に監督のニコラス・レイが気づいて、薬局へ引きずっていったという話が残っている。

 カザンはディーンとブランドを比較し、まったく似ても似つかない、としている。ブランドはその反社会的イメージとは逆に、ステラ・アドラーから演技指導を受け、あらゆる演技上のテクニック——メーキャップも含めて——に通じていた。
 ディーンには、何もなかった。
 『エデンの東』での父親役、レイモンド・マッセイはディーンの演技の稚拙さにいらだってばかりだった。「あいつが何をいったりしたりするのか、さっぱりわからん!」「ちゃんと書いてある通りに台詞を読むようにさせてくれ」
 マッセイは、ディーンが甘やかされてすぐダメになってしまうだろう、と予想していた。
 監督のエリア・カザンも若い頃、会社社長の父親が社内でこぼすのを耳にしていた。「あれは一人前の男にはなれん」「あれをどうしたものかな?」
 そして、漱石の『それから』の主人公も、兄からこのように言い渡される。
…………
御前は平生から能く分らない男だつた。夫(それ)でも、いつか分る時期が來るだらうと思つて今日迄交際(つきあ)つてゐた。然し今度と云ふ今度は、全く分らない人間だと、おれも諦めて仕舞つた。
…………

 『エデンの東』も『それから』も、兄弟が登場する。
 二つともに、世襲財産を持つ地元の名士の子である。
 そして、兄は父親に忠実だが、弟のほうは今ひとつ評判が良くない。
 そしてまた、どちらの弟もやや道から外れた恋愛をする。
 そこに浮かび上がるのは、「父」という名の社会が引き継ぐべきだとする財産を、上手く受け止められない子どもの姿である。
 『エデンの東』は当時、反抗的な若者たちによるポップ・カルチャーに回収され、ジェームス・ディーンはたちまち時代の寵児となり、二十四歳でポルシェを運転中に事故死して伝説となり、永遠の青春のシンボルとなった。
 しかし今になって映画を観てみると、そこにあるのは「青春」などではなく、なんとかして父親にわかってもらおうとする若者の、ちょっと考えの足りない行動である。
 それは、まったく「反抗」などではない。
 ただ、どうすれば父親のお気に召すのか、よくわからないというだけだ。
 それは『それから』の主人公にしても同じである。 
 ここに顕れているのは、「世襲」のほころびである。

 すいません、まだ続きます

 
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