古本屋と投資家の関わりは意外と古く、戦前のアメリカでもすでにブック・ロウ(マンハッタンの古書通り)をうろつく投資家たちの姿があったそうだ。
2016年4月17日日曜日
古本屋と投資家のシュールな出会い
古本屋と投資家の関わりは意外と古く、戦前のアメリカでもすでにブック・ロウ(マンハッタンの古書通り)をうろつく投資家たちの姿があったそうだ。
2016年4月11日月曜日
2016年4月9日土曜日
アベノミクスというリフレもどき
【独占インタビュー】投資の神様ジム・ロジャーズ「日経平均は3万円まで上がる。
いやあ、すごい。アベノミクスで日本経済大発展だなあ、と皮肉を言うために貼ったわけでは、ちょっぴりあるけど、本来の目的はそうじゃない。
だいたい総理自身が最近あまり口にしないからね、アベノミクス。
そんな可哀想なアベノノミクスが置かれている状況について、もう少し整理してみよう。
2016年3月30日水曜日
特攻という名の非日本的行動
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| 日本刀と無敵魂 |
この本に「片途(かたみち)戦法」という章がある。飛行機で遠距離の爆撃をする際、航続距離の関係で往復できない場合どうするか、という話だ。
こうしたことは、日本だけでなく米英も行うが、そのやり方が違う、と書いている。
まず米英については、
…………
「自分共は敵地を攻撃して、爆弾を落とした。之で自分の任務に対する義務は完了した」
とてんでに解釈をつけて、それから先の行動は自由意志によって決する。そこで敵地の海に着水しようと、敵飛行場に着陸しようと、それは勝手である。そして手を挙げて降参する、之も自由である。
……………
と書かれている。そんなことがしょっちゅうあったとも思われないが、まあそうかなという感じもしなくはない。
次に、日本の場合。
2016年3月29日火曜日
日本刀はキレたか?
2016年3月28日月曜日
2016年3月27日日曜日
ざ!じゃぱにーず!!!
| 日本人の英語 (岩波新書) |
| 続・日本人の英語 (岩波新書) |
もう二十年も前のベストセラーだが、今持って少し気になる記述がある。知る限りでは誰も指摘してないようなので、ここでちょっと書いてみようと思う。
まず引用。続の19ページから。
……………
……それより気になるのは、"The Japanese"という定冠詞の使い方である。定冠詞は、文字通り「決まったもの」を表わすが、この場合、"The Japanese"が、誰に、どういうふうに一つの「決まったもの」にされているのかをよく考えると、このtheの使い方がやや恐ろしく感じられる。
……"The Japanese"という表現には、すべての日本人を、一人残らず、一つのものとして取り上げてかまわない、それぞれ個人の差があると思わなくてよい、という前提がある。これは、日本人もアメリカ人も同じ人間集団という常識があるにもかかわらず、平気で使われる表現であるので、「愚かさによる前提」と言ってもよいであろう。
…………
2016年3月26日土曜日
AIが愛の歌を口ずさむのはいつか
先日囲碁のAIの超絶ぶりに驚かされたら、お次はその間抜けぶりに驚かされた。
Microsoftの人工知能が「クソフェミニストは地獄で焼かれろ」「ヒトラーは正しかった」など問題発言連発で炎上し活動停止
Microsoftの人工知能が「クソフェミニストは地獄で焼かれろ」「ヒトラーは正しかった」など問題発言連発で炎上し活動停止
なかなか大した「知能」である。
AIは「学習」に長けているが、「疑う」ことを知らないことに気づいたユーザーが、暇にあかせてロクでもないことばかり吹き込んだらしい。
知能ばかり高くて人生経験の足らないAIは、まんまと「洗脳」されてしまったようだ。
2016年3月21日月曜日
初版は本当に初版なのかということについてのメモを少し
○奥付を付けるのは江戸時代から。松平定信が出版を管理しやすいように命じた、とされている。(異説有り)
○昔の奥付はいい加減なものがあった。いかにも売れているかのように見せかけるため、初版なのに奥付には再版としたものもあった。
○奥付にも誤植がある。一番有名なのは福武文庫。1996年刊行のものの多くが1999年になっている。今ではどっちやらわからなくなってしまった。今まで見た奥付で一番すごいのは1274年刊、というもの。もちろん1974年が正しい。残念ながらタイトルは忘れた。申し訳ない。
○吉田精一他編『現代詩評釈』の初版は昭和四十三年三月。しかし、昭和四十四年四月初版となっているものも出回っている。五味智英編『萬葉集必携』も初版は昭和四十二年八月のはずが、のにち再版が出た際なぜか初版の日付が四十四年四月十日に変えられた。理由は推測の域を出ないが……
○たとえば昭和三十七年に学士院恩賜賞となった笹淵友一の『文學界とその時代』下巻の奥付は、昭和三十五年三月二十五日初版、三十六年七月一日再版、とされているが、昭和三十五年にこの本は刊行されておらず、この初版は存在しない。
学士院恩賜賞はある程度年数がたって評価の定まった本にのみ与えられるので、このような苦肉の策をとったらしい。上記二冊も似たような事情かと思われる。
2016年3月19日土曜日
誰がアレキサンドリア図書館を燃やしたのか
| 古代アレクサンドリア図書館 ―よみがえる知の宝庫 (中公新書) |
A.D.641年、当時ビザンチンの支配下にあったエジプトは、イスラムの侵攻を受ける。皇帝へラクリウスが死んだ隙をつかれたのだ。
その時、かの有名なアレキサンドリア図書館が焼かれ、多くの貴重な文献が喪われた。
四千の騎兵を従えたアムル・イブン・アル=アスは、「コーランと同じことが書かれている書物はコーランがあれば良いから焼け。コーランに書かれていない書物は邪悪な教えであるから焼け」とすべてを焼くように命令した、とされる。
この話はシリアの年代記作家バール・ヘブレーウスによって書かれ、永らく事実であると信じられていた。
しかし、今ではまったくのでっちあげであることがわかっている。
その時、かの有名なアレキサンドリア図書館が焼かれ、多くの貴重な文献が喪われた。
四千の騎兵を従えたアムル・イブン・アル=アスは、「コーランと同じことが書かれている書物はコーランがあれば良いから焼け。コーランに書かれていない書物は邪悪な教えであるから焼け」とすべてを焼くように命令した、とされる。
この話はシリアの年代記作家バール・ヘブレーウスによって書かれ、永らく事実であると信じられていた。
しかし、今ではまったくのでっちあげであることがわかっている。
2016年3月18日金曜日
デトロイトがゴーストタウンになりつつあるということを聞いてビンセント・チンのことを思い出した
デトロイトは今も自動車の街であり、今年だってちゃんとモーターショーが開かれている。
2016 デトロイト・モーターショー
デトロイトと聞いて、音楽について思い出す人と自動車産業について思い出す人と、二通りあると思う。
デトロイト・サウンド(モータウンだっけ)はあまり聞かないから話せることはないけど、自動車産業については一つイヤな話がある。
1982年、デトロイトの路上で一人の中国系青年が殺された。
金属バットで頭蓋を割られていたという。
目撃者もあり、犯人はすぐに捕まった。地元の工場で働いていた元自動車工の親子だった。親子は工場をレイオフされたばかりだった。
2016 デトロイト・モーターショー
しかし、その陰で産業の凋落による廃墟化が進んでいる、ということも言われている。
Albert Kahn and the Decline of Detroit
このような状況は、一体何によってもたらされたのか。
デトロイトと聞いて、音楽について思い出す人と自動車産業について思い出す人と、二通りあると思う。
デトロイト・サウンド(モータウンだっけ)はあまり聞かないから話せることはないけど、自動車産業については一つイヤな話がある。
1982年、デトロイトの路上で一人の中国系青年が殺された。
金属バットで頭蓋を割られていたという。
目撃者もあり、犯人はすぐに捕まった。地元の工場で働いていた元自動車工の親子だった。親子は工場をレイオフされたばかりだった。
2016年3月17日木曜日
小沢昭一が亡くなってまたひとつ昭和が遠くなったけど「それでいいんだよ」と小沢昭一的こころで言いそうに思う
| ドキュメント 綾さん ―小沢昭一が敬愛する 接客のプロ (新潮文庫) |
2016年3月16日水曜日
アインシュタインと暗殺者について
| Friedrich Adler - Albert Einstein. Physik und Revolution: Briefwechsel, Dokumente, Stellungnahmen |
しかし、当時アインシュタインの業績はまだまだ知られるところではなく、本来このポストはフリードリヒ・アドラー(念のため断っておくと、精神分析学者ではない)に与えられるはずだった。
アドラーは、自分とアインシュタインが候補になっているのを知ると、選考委員にこう進言した。
…………
もしわれわれの大学にアインシュタインのような人物を迎えることが可能なのだとしたら、私を指名するなどナンセンスです。
…………
2016年3月14日月曜日
今日は何の日?アインシュタインの誕生日!
| 重力波とアインシュタイン |
Einstein's gravitational waves found at last
http://www.nature.com/news/einstein-s-gravitational-waves-found-at-last-1.19361
そして本日、ホワイトデーはアインシュタインの誕生日だったりする。
そして本日、ホワイトデーはアインシュタインの誕生日だったりする。
2016年3月13日日曜日
『秋刀魚の味』と少子化
| 秋刀魚の味 ニューデジタルリマスター版 |
2016年3月12日土曜日
また再び『東京物語』が撮られることはないだろうか
| 古井由吉、東京物語考 (同時代ライブラリー) |
この映画についてはいろいろな人がいろいろなことを書いていて、屋上屋を重ねることもないかと思ったが、どうしても書いておきたいような衝動が出てきてしまったので、ちまちまとメモしてみたい。(以下、ネタバレがあります)
2016年3月11日金曜日
人はいつ「わからなく」なるのかわからないということについてあるいは3.11でわからなくなったいろいろなこともしくはららら科学の子
「わからない」というのはどういうことか。
一口に「わからない」といっても段階がある。
まず、知らないからわからない。知識が不足していればわからないのは当たり前。
次に、知識はあるがそれの組み立て方がわからない。
そしてその上の段階として、わかってるけどわかってない、ということ。さらにまた、「わかってない」というそのことが「わからない」というのもある。
一口に「わからない」といっても段階がある。
まず、知らないからわからない。知識が不足していればわからないのは当たり前。
次に、知識はあるがそれの組み立て方がわからない。
そしてその上の段階として、わかってるけどわかってない、ということ。さらにまた、「わかってない」というそのことが「わからない」というのもある。
2016年3月10日木曜日
2016年3月7日月曜日
クラシックという名づけられた通貨を焼き滅ぼし金貨に変えたアーノンクール
| アーノンクール指揮 バッハ:マタイ受難曲 |
「クラシック」というのは日本では「古典」と訳される。
それは「素晴らしい」というニュアンスもありながら、古臭いとか退屈とか無駄に偉そうとかお高くとまってるとか、そういう意味あいで語られることも多い。
クラシックclassicとは、本来「普遍的なもの」「時代を超えるもの」「変わりない価値を持つもの」ということである。
しかし、音楽におけるクラシックは、戦後その名を聞くだけで毛嫌いする人間が増えた。残念ながらこれは日本だけでなく、世界中の現象のようだった。
2016年3月6日日曜日
原稿を「書く」という行為が先に滅んでゆくのかもしれない
数年前鬼籍に入った他称「天才」エディター安原顕は、村上春樹と仲違いして、もっていた村上の生原稿を古本屋に売り払ってしまったそうだ。さすがに村上春樹も激怒したそうだが、私は別な感慨を持った。
(へー、村上春樹って、まだ原稿に書いてたんだ……)
最近の作家は、特に流行作家である村上春樹などは、パソコンで文章書いてるもんだとばっかり思っていたのだ。
いまどき、電子データでないと嫌がる編集者も多いしね。データでもらった方が編集作業も早くなるし、なんといってもらくちんだ。
(へー、村上春樹って、まだ原稿に書いてたんだ……)
最近の作家は、特に流行作家である村上春樹などは、パソコンで文章書いてるもんだとばっかり思っていたのだ。
いまどき、電子データでないと嫌がる編集者も多いしね。データでもらった方が編集作業も早くなるし、なんといってもらくちんだ。
2016年3月5日土曜日
選挙とエコロジーと経済学
こうみえても投票には毎度毎度行っている。
「劣悪な政治家は、投票しない善良な市民によって支持されている」
…なんてフランクリンさんが脅かすもんで。やーねー。
しかし一方で、選挙なんてもんにはまーったくぜーんぜんさーっぱり関わろうとしない人もいる。じゃあ、そういう人が社会的によろしくない人かというと、そうでもなかったりする。
…なんてフランクリンさんが脅かすもんで。やーねー。
しかし一方で、選挙なんてもんにはまーったくぜーんぜんさーっぱり関わろうとしない人もいる。じゃあ、そういう人が社会的によろしくない人かというと、そうでもなかったりする。
ある日アメリカのとある町の投票所で、二人の経済学者がばったりでくわした。
「よ、よう……」
「お、おう、お前何しにきたの?」
「何って、……いや、なんか、かみさんに無理矢理連れてこられちゃってさあ」
「ああ、そう、そうね。俺も俺も」
「うんやっぱそうだよな」
「そうそう」
「ま、このことはお互いに……」
「そうだね、ないしょってことで……」
「じゃ、そういうことで」
「そういうことで」
とまあ、こんな具合にぎこちなく別れた。
なぜ二人はこんなにぎくしゃくしていたのだろううか?
「お、おう、お前何しにきたの?」
「何って、……いや、なんか、かみさんに無理矢理連れてこられちゃってさあ」
「ああ、そう、そうね。俺も俺も」
「うんやっぱそうだよな」
「そうそう」
「ま、このことはお互いに……」
「そうだね、ないしょってことで……」
「じゃ、そういうことで」
「そういうことで」
とまあ、こんな具合にぎこちなく別れた。
なぜ二人はこんなにぎくしゃくしていたのだろううか?
2016年3月3日木曜日
特権的な出会いのためにもしくは鰐川枝里『米とりんご』(振付:勅使河原三郎)の感想を少し
先月、二月の二二日(ネコの日だそうだが)、いつものようにKARAS APARATUSへダンスを見に行った。
勅使河原三郎と佐東梨穂子は海外で公演中なので、今回は新進の鰐川枝里である。この人は以前ちらっと舞台で踊ったのが印象に残っていた。バネの利いた踊りで、見るものを引き込んでいく、というタイプのようだ。
今回、初めてソロの舞台を見た。タイトルの『米とりんご』はどのような意味があるのか、というのは正直よくわからなかったが、ダンスそのものは素晴らしかった。
まず最初、吹きすさぶ風の音の中で、鰐川枝里がうずくまっていた。やがて童謡がアレンジされたものが流れ、それに合わせて激しく踊り出した。その踊りは、童謡の流れる中いつまでもいつまでも続き、それほどたくましくも見えないダンサーが、途中で倒れやしないかと心配になるほどだった。
そういえば、子供というものは、いつまでもいつまでも全力で遊んでいるものだ。遊びをせんとや生まれけん、と歌にもある通り、見ているこちらがはらはらするまで遊び続ける。誰もがそうした子供時代を持ちながら、いつの間にか忘れて大人となり、駆けまわる子供にはらはらするようになってしまう。
やがて音楽が変わり、ゆっくりした「大人」のダンスに変わった。それを見てややホッとしながら、こんなことを思った。
(今は亡き戸川純の『夢見る約束』で踊ってくれたらいいのになあ……)
勅使河原三郎と佐東梨穂子は海外で公演中なので、今回は新進の鰐川枝里である。この人は以前ちらっと舞台で踊ったのが印象に残っていた。バネの利いた踊りで、見るものを引き込んでいく、というタイプのようだ。
今回、初めてソロの舞台を見た。タイトルの『米とりんご』はどのような意味があるのか、というのは正直よくわからなかったが、ダンスそのものは素晴らしかった。
まず最初、吹きすさぶ風の音の中で、鰐川枝里がうずくまっていた。やがて童謡がアレンジされたものが流れ、それに合わせて激しく踊り出した。その踊りは、童謡の流れる中いつまでもいつまでも続き、それほどたくましくも見えないダンサーが、途中で倒れやしないかと心配になるほどだった。
そういえば、子供というものは、いつまでもいつまでも全力で遊んでいるものだ。遊びをせんとや生まれけん、と歌にもある通り、見ているこちらがはらはらするまで遊び続ける。誰もがそうした子供時代を持ちながら、いつの間にか忘れて大人となり、駆けまわる子供にはらはらするようになってしまう。
やがて音楽が変わり、ゆっくりした「大人」のダンスに変わった。それを見てややホッとしながら、こんなことを思った。
(
2016年2月17日水曜日
社会が進歩するとかしないとか認識できる機会は書物の中に多く含まれている
…………
…………結婚して独立するのは、経済的かつ精神的な成熟を獲得してからにしろというのは、社会の正当な要求です。しかし、生き残り競争が激化したために、男の経済的な自立がだんだんと難しくなってきています。職場や生活技術の複雑な要求は、精神的自立をますます遅らせます。他の人の生活の責任を負い、子供をちゃんと養育するには、しっかりした性格が必要ですが、そうした性格は、さまざまな困難な状況や、迷いや、経験などを経て形成されてくるものです。したがって、男がきちんとした形で妻をもてるようになる時期は、ますます遅くなります。それに対して、身体の造りはこれにならうことはしません。性衝動は、昔同様に、かなり早い時期に目覚めます。文化が高度になればなるほど…………
…………結婚して独立するのは、経済的かつ精神的な成熟を獲得してからにしろというのは、社会の正当な要求です。しかし、生き残り競争が激化したために、男の経済的な自立がだんだんと難しくなってきています。職場や生活技術の複雑な要求は、精神的自立をますます遅らせます。他の人の生活の責任を負い、子供をちゃんと養育するには、しっかりした性格が必要ですが、そうした性格は、さまざまな困難な状況や、迷いや、経験などを経て形成されてくるものです。したがって、男がきちんとした形で妻をもてるようになる時期は、ますます遅くなります。それに対して、身体の造りはこれにならうことはしません。性衝動は、昔同様に、かなり早い時期に目覚めます。文化が高度になればなるほど…………
…………
真理のごとく振舞う言葉がやがてジョークになるということ
ジョン・ロックは『市民政府二論(統治二論)』第一書、第一章の冒頭にこう記している。
…………
…………
奴隷制が恥ずべき悲惨な人間の状態であり……弁護すべきものだとよもや思われぬほどである……
…………
が、しかし、この「全人類の鎖」に対するロックの憤激は、新世界と呼ばれた土地、少なくともイギリス植民地のプランテーションにおいて、黒人が奴隷にされていることを対象としたものではなかった。
が、しかし、この「全人類の鎖」に対するロックの憤激は、新世界と呼ばれた土地、少なくともイギリス植民地のプランテーションにおいて、黒人が奴隷にされていることを対象としたものではなかった。
2016年2月15日月曜日
とりあえず芝居じみた話ってのは疑った方がいいのかもしれない
| 千本釈迦堂 大報恩寺の美術と歴史 |
ベテランのバスガイドさんの話はなかなかに面白く、その中で印象に残っているのに次のようなものがあった。
ある大工がお寺を建てるとき、うっかり柱を一本短く切ってしまった。さてどうしたものかと頭を抱えていると、女房が「他の柱も全部短くすれば良い」とアドバイス。なるほど、とその通りにしてみると、今までのものよりずっと姿良くできた。この怪我の功名で、大工の名は一層上がったのだった。ちゃんちゃん。みなさん、発想の転換って大事ですね……
2016年2月14日日曜日
藤本義一が亡くなった時に書いた川島雄三についてのもろもろ
| 生きいそぎの記 (1974年) |
藤本義一の著作はほとんど読んだことがない。なんとなく、読まなくても「よく知ってる」ような気がしたからだ。有名人の有名な著作というのはそうしたものである。彼はガキどものあこがれ11PMの司会を、最初から最後まで二五年つとめた。私くらいの年代の男どもにとって、「大人」というのは11PMにでてくるような大人であり、大橋巨泉や藤本義一がモデルになっていたと思う。無意識のうちに。
残念ながら、私は巷間名高い11PMというものは一度しか見たことがない。見たのは修学旅行先のホテルのテレビでだった。同室の三人はすでに何度も見ているようで、あーだこーだうるさかった。しかしその日は男子高校生が鼻の穴をふくらますような展開はなく、そのあと夜通し昔の思い出やテレビや小説や映画のことを明け方まで語り合ったことの方が印象に残っている。
ヘンな憶測だが、「肉食系」というのは、11PMをしっかり見ていた男の子がなるものではないだろうか。1990に番組が終了し、11PMに触れることなく育った男の子はどんどん「草食系」になった。かくいう私がそうだし。妻に言わせると、私は草食系の走りらしい。まあそんなわけで、少子化を憂える方々は、11PMを復活させるのも一つの手段かも知れない。もちろん冗談なので、真に受けないように。
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