「知」の欺瞞―― ポストモダン思想に おける科学の濫用 (岩波現代文庫) |
アラン・ソーカルという名の物理学教授が、適当な論文に適当な数式をばらまいただけの、永谷園松茸の味お吸い物みたいなパチもん論文を「ソーシャル・テキスト」という哲学雑誌に投稿したところ、それがバッチリ掲載されてしまったのだ。
この「偉業」により、ソーシャル・テキストの編集長は、その年のイグ・ノーベル賞に輝いた。
これに勢いを得たソーカルは、同僚とともに『「知」の欺瞞――ポストモダン思想における科学の濫用』という本を出版し、ポストモダンと呼ばれる思想においていかに「科学」がでたらめに援用されているか、について暴き立てたのだった。
現在においてもこの事件の影響は少なからず残っており、ポストモダンな思想家を揶揄するための定番ネタとなっている。
どうやらけっこう複雑難解な哲学を操る人でさえ、科学というものに対しては、ただ「科学っぽい」というだけで信用してしまう傾向があるようだ。
では科学者自身はどうだろう?
やっぱりモチは餅屋なんだから、「科学っぽい」ものに騙されたりすることはないのだろうか?
一九七〇年、カリフォルニア大学医学系大学院の継続教育プログラムの運営責任者達十人は、年次会議のために北カリフォルニアのタホ湖を訪れていた。
そこでマイロン・L・フォックスが「医師教育に応用できる数理ゲーム理論」という題の講演を行った。フォックスは数学を人間行動に応用する専門家である、と紹介されていた。
聴衆はフォックスの講演に耳を傾け、終ったあとには多くの質問を投げかけた。そして講演についてのアンケートに十人全員が「非常に示唆に富んだ考えさせられる内容だった」というようなことを書き、九人は「フォックス氏はテーマを明快に示し、面白く伝え、わかりやすい例を豊富に取り入れていた」と述べた。
フォックスの講演のビデオを見た人の中には、「フォックスが書いた論文をいくつか読んだことがあるが……」というものもいた。
ところが、この時演台に立っていたのは、「アルバート・アインシュタイン医科大学のマイロン・L・フォックス」などではなく、マイケル・フォックスという名の俳優だった。(もちろんマイケル・J・フォックスとは別人)
フォックスは「ゲーム理論」について何も知らず、他の学術論文を元に曖昧な表現や適当に作った用語、矛盾した内容をわざと盛り込んだ「論文」をでっちあげ、それを俳優ならではの演技と話術で聴衆に語りかけたのだった。
このひっかけを考えたのは、ジョン・E・ウェア、ドナルド・H・ナフチュリン、そしてフランク・A・ドネリーの三人であった。
仕掛けた側は「すぐばれるだろう」と思っていたが、予想外の「成功」に驚かされた。
これは「ドクター・フォックス効果」と呼ばれるようになった。
このひっかけの実験でわかることは、つまり科学者だってそうそういつも「科学的」ではいられないということである。
ちなみに、「ドクター・フォックス」に会いたくなったら、『バットマン』を見てゴッサム・シティのラジオ局長を探すか、『刑事コロンボ』でコロンボの飼い犬を診察する獣医ベンソン先生を見つけるといいらしい。
狂気の科学―真面目な科学者たちの奇態な実験 |
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