2015年11月26日木曜日

「死なない子供」荒川修作はどのように死んだか

 二〇一〇年、荒川修作という芸術家が死んだ。
 世の中にはいろいろな芸術家がいて、芸術家でありながら派閥のボスだったり、芸術家でありながら太鼓持ちだったり、芸術家でありながらドサまわりの芸人だったりするものだが、この人は芸術家という以外の呼び名が当てはまらないような芸術家であった。
三鷹天命反転住宅
    その作品についてあれこれ述べるよりも、東八道路を走っていると道路脇に見えてくる奇妙な住宅を作った人、と言った方が通りがいいかもしれない。三鷹天命反転住宅は、作者が死んでもなお、そこに在りつづけている。
 その元でもある養老天命反転地の方も、一度は訪れてみたいと思いつつ、まだその機会にめぐまれない。自分の故郷(岐阜)にあるというのに、どうにも足を伸ばすことができないでいる。
養老天命反転地
    荒川修作は「死なない子供」だった。「死」という宿命を拒絶することが、彼の生涯のテーマとなっていた。
 しかし、「死」は思いもよらぬ方向からやってくる。
 にこやかに微笑みながら、最大の理解者のような顔をして。

 二〇〇八年十二月、バーナード・マドフという男がFBIに逮捕された。
    罪名はponzi scheme と呼ばれるもので、「ねずみ講」なんて翻訳されることが多いが、実態は単純な投資詐欺である。
 ただ通常と違っていたのは、この男が元NASDAQの会長だったということだ。
 被害総額は五〇〇億ドルとも六五〇億ドルともいわれる。逮捕された当初でも、「少なくとも二〇〇億ドル」と報道されていたので、とにかくアメリカのマスコミは大騒ぎになった。当時のアメリカ経済といえば、サブプライムがえらいこっちゃになってて、それをバラまいた銀行に非難が雨あられと降り注いでいた。そんな中で暴かれたこの詐欺事件は、それまでのアメリカ経済の有り様を象徴するかのような出来事であった。確かクルーグマンがブログで、アメリカのバブルをmadoff economy と名付けたりしていた(mad economyにひっかけてるわけ)。ぜんぜん定着しなかったけど。
 しかし、マドフがユダヤ・コミュニティーの顔役で、そのつながりから多くの人が騙されたことがわかるにつれ、熱を持った報道は抑制されるようになってきた。
 反ユダヤ主義(anti-Semitism)っぽい言論が増えてきたからだ。アメリカの反ユダヤ主義は、まだしっかり生き残っている。コンビニで陰謀論の本を買って読んでる程度の日本より、ずっと先鋭的だ。「アメリカはユダヤに支配された国」とか、日本では名の知れた評論家までもが口にしたりするけど、全然そんなことはないとその時よくわかった。
Spielberg Among the Big Names Allegedly Burned by Madoff in $50 Billion Fraud Case
http://www.forbes.com/2009/03/12/madoff-guilty-plea-business-wall-street-celebrity-victims.html
 マドフの詐欺には世界的な有名人もひっかかっていて、その中にはスピルバーグもいた。
 さらに、ノーベル平和賞受賞者のエリ・ヴィーゼルなんかも騙されていた。
Elie Wiesel Levels Scorn at Madoff
http://www.nytimes.com/2009/02/27/business/27madoff.html?_r=0


 そして、その数多の被害者の中に、荒川修作とマドリン・ギンズ夫妻もいた。
 荒川修作はマドフに投資していた。
 マドフも荒川の理想の実現に協力的だったという。
 それがいきなり、最悪の形で終焉を迎えたのだ。
 その災厄について

"he pulled the rug out from under us."

 とギンズ夫人は表現している。
Couple's Dreams of Immortality at Death's Door, Thanks to Madoff

「足元の絨毯がいきなり引き抜かれた」と。
   二〇一〇年五月十九日、荒川修作は失意のうちに死んだ。アトリエはとっくに解体し、多くの作品を処分していた。
 彼の「人間を死の運命から解放する」理想は、「金(money)」という「死の象徴」(byジンメル)によって中断された。

 マドフは禁固一五〇年の刑を受けて服役中。
 たぶん、まだ生きている。


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