動くバタイユを見るためである。(以下、ややネタバレ)
といっても主演のシルヴィア・バタイユではなく、その夫(当時)であるジョルジュ・バタイユ の方だ。
G・バタイユ伝〈上 1897~1936〉 |
G・バタイユ伝〈下 1936~1962〉 |
さて、映画そのものはデジタル・リマスターで美しく、音声もくっきりと蘇ったが、ストーリーそのものはたいしたことはない。単純な忘れられない思い出の恋愛アヴァンチュールものだ。
ちょっと映画の歴史についてかじった人なら誰でも知っていることだが、監督のジャン・ルノワールは画家のルノワールの息子である。助監督のジャック・ベッケル、アンリ・カルティエ=ブレッソン 、ルキーノ・ヴィスコンティはそれぞれ後に巨匠となる。
ジャック・ベッケル監督 現金に手を出すな |
さてさて、この映画が撮られた一九三六年、三九歳のジョルジュ・バタイユは何をしていただろうか。
「革命的攻勢の急速な発展に寄与する目的」で結成された「コントル=アタック(反撃)contre-attaque」が瓦解し、秘密結社アセファルAcéphale結成へ向けて、雑誌『アセファル』を刊行する。
コントル=アタックがわやになったのは、バタイユの側近ジャン・ドトリーが「フランスの砲火の下で」というビラの中で、「そんなものより何はともあれ、我々は外交辞令を踏み破るヒトラーの粗暴さの方を選ぶ」と書き、そのビラにメンバー全員が署名してしまったためだ。もちろんバタイユも署名していて、この集団には「ウルトラ・ファシスト」という罵声が投げつけられることとなる。
「まごうことなき変態」バタイユは、女性関係も放埒を極め(シュルレアリストのブルトンと決別した遠因)、この映画が撮影される以前、一九三四年にはすでにシルヴィア・バタイユとは別居状態にあったという。正式に離婚したのは一九四六年である。
それを知りながら映画を見ると、ピクニックに行った先で不倫にふけるこの映画も、なにやら意味深に思えたりするのだった。
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「まごうことなき変態」バタイユは、女性関係も放埒を極め(シュルレアリストのブルトンと決別した遠因)、この映画が撮影される以前、一九三四年にはすでにシルヴィア・バタイユとは別居状態にあったという。正式に離婚したのは一九四六年である。
それを知りながら映画を見ると、ピクニックに行った先で不倫にふけるこの映画も、なにやら意味深に思えたりするのだった。
前列奥の神学生がバタイユ |
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