2015年3月25日水曜日

人を殴ると心も身体もぽかぽかするよね?もしくは『暴力のオントロギー」についてのもろもろ

今村仁司、貨幣とは何だろうか
 (ちくま新書)
 古本を買取をすると、本に書き入れがされていることが間々ある。某大学教授が整理した蔵書に、今村仁司の『貨幣とは何だろうか』という新書があった。その前半部に、おそらくは教授自身の手になると思われる書き入れがなされていた。
 それは初めのうち、シャープペンですい、すい、と軽く線が引かれていて、そのうち線が段々に濃くなり、それにつれて線引きした文に矢印で?マークをつけるようになってきた。
 やがてページにいくつもの「?」が飛び交い、そのうち余白に「この本を書いたやつは頭がおかしい」と書かれ、そこから先は読んだ形跡がなかった。
 分野は違えど大学教授である。何が彼をそこまで惑わせたのだろう?

2015年3月15日日曜日

いつの間にやら春が来ていた?もしくは『暴力の人類史』について

暴力の人類史 下
暴力の人類史 上
「まだまだ冷えるよね〜」とこする手のひらに息を吐きかけていたら、「いやいやいや、温度計の数値を見ればとっくに春ですよ!!」と言われたような、そんな気持ちにさせられる、それが『暴力の人類史』という本だ。

2015年3月6日金曜日

春よ来るな


 また憂鬱な季節がやってきた。
 お山の杉どもが花粉をまき散らし始めたのだ。
 今朝は娘が起き出して頭を一振りすると、くしゃみが止まらなくなり、しまいにはしつけの悪い座敷犬のような音が鼻から飛び出した。娘の髪にけっこうな花粉がとりついていたらしい。一瞬、娘の頭を丸坊主にしたくなったくらいだ。

2015年3月4日水曜日

ユダヤ人はどこにいるか?もしくは映画『ショアー』を観て思ったこと

「なぜ微笑むのですか?」
 話の途中に挟まれた質問に、男は応えない。
 一瞬とまどったように視線を外し、また元通りインタビューは続く。
 思わずインタビュアーがこの問いを口にした気持ちはわかる。男が今話しているのは、四十万人が殺されたヘウムノ絶滅収容所の思い出だからだ。
 男の名はモルデハイ・ポドフレブニク。
 収容所で生き残った二人のうちの一人だ。あのアイヒマン裁判にも、検察側証人として出廷している。
 インタビューしているのは、この映画『ショアーSHOAH』を作ったクロード・ランズマン。
 映画の冒頭は、もう一人の生き残りであるシモン・スレブルニクの物語が文字で流れる。次に彼がかつてナチ将校とともに渡った川を、その時歌ったと同じ民謡を口ずさみながら船に乗ってゆく。歌の上手な少年だった彼は、時々そうして外に連れ出されたという。
 そして、シモン・スレブルニクも常ににこやかだ。
 彼ら二人に驚かされるのは、そのたたずまいが実に「普通」だということだ。町の中を歩けば、たちまち人ごみにまぎれてしまうだろう。安っぽい劇画に毒された人間が想像するような、血なまぐさいオーラなど微塵も発してはいない。すぐ隣に座っていたとしても、何も違和感を覚えそうにない。そうと言われなければ、殺された四十万人のうちの生き残りだとは、まったくわからないだろう。
 教会の祭の中、シモン・スレブルニクは人々に囲まれる。当時を記憶する人も多い。変にとがった眼鏡をかけた男が、興奮してカメラの前でまくしたてる。
「ユダヤ人たちが集められているところを見た。その中でラビが同胞たちに説いていた。自分たちはイエス・キリストを罪なくして処刑した。だから、これから何が起ころうと甘んじて受けよう、と」云々。だいたいこのような内容だ。
 眼鏡の男の演説はユダヤ人虐殺について、その罪をユダヤ人の側にかぶせようとしているように聞こえた。
 だが、それでも、シモン・スレブルニクは終始にこやかだった。

 今、日本にユダヤ人はどれほどいるのだろう。どれだけの日本人が彼らと親しくしているだろう。ユダヤ人など、見たこともない人も多いだろう日本で、この『ショアーSHOAH』が上映されることに、どれほどの切実さがあるのだろう。
 元同盟国として?
 

2015年3月2日月曜日

【革命に見る格差と土地の関係編】もしも西荻窪の古本屋がピケティの『21世紀の資本』(PIKETTY,T.-Capital in the Twenty-First Century)を読んだら

ヘンリー八世
    左の御身姿はヘンリー八世である。股間に妙なふくらみがあるのは、当時流行したコッドピースと呼ばれるもので、ここにぶらぶらしがちな不良息子を収めておいたのだ。十四〜十八世紀の西欧では、一人前の男の子ならみんなこうしていたそうな。ニューギニアのコテカのことを笑えやしない。
 そんなわけで、どんなわけだか知らんけど、ヘンリー八世は奥さんと別れて愛人と結婚するために、ローマ・カトリックに絶縁状を突きつけたのだった。
 そしてさらにまた、当時のイギリスで絶大な勢力を持っていた修道院を叩き出し、その領地をぼっしゅーと(古い)したのだった。その土地がどのくらいのもんだったかというと、王国の土地財産のうち四〜五分の一を占めていたくらいだ。
 それらの土地はほぼ、貴族・廷臣・官吏・ジェントリーに分け与えられ、より一層の格差の拡大に貢献したのだった。

2015年3月1日日曜日

【罵倒ばかりじゃなんなので詐欺を見破るポイントをいくつか編】もしも西荻窪の古本屋がピケティの『21世紀の資本』(PIKETTY,T.-Capital in the Twenty-First Century)を読んだら

 罵倒ばっかりしてるのもアレなんで、ここらでちょっとピケティについて「ありがち」な誤解についてメモっておこう。

1.ピケティは格差を否定している!

2015年2月28日土曜日

【やっぱり出てきた読んでない人を騙そうとする雑誌への罵倒編】もしも西荻窪の古本屋がピケティの『21世紀の資本』(PIKETTY,T.-Capital in the Twenty-First Century)を読んだら

 たとえば、教師生活二五年の生活指導の先生がコンビニでついエロ本を立ち読みしていたところ、なぜかここいらにはいないはずの自分のクラスの女生徒が通りかかったとしたら……
 たとえば、スーパーヒーローショーが終って、ヒーロー役が楽屋で背中のジッパーをおろしてもらい、「暑いあつい」と汗を拭いているところへ、どこから潜り込んだのか小さな男の子が目を丸くしていたとしたら……
 たとえば、日本の文化と伝統を守り、清く正しく美しい国家を作らんと日々邁進している人たちが、女体盛りに舌鼓をうっているところへ、突撃となりの晩ご飯がやあやあと入り込んできたとしたら……
 たとえば、たとえば、たとえば……
 その時、この人たちは叫ぶだろう。
「見るな!見ちゃいけない!これは違う、違うんだ!」
 なにがどう「違う」んやねん、とつい大阪弁でつっこんでしまいたくなるわけだが、現在似たようなドタバタが書店の店頭で繰り広げられつつある。

2015年2月27日金曜日

【イギリスのヒツジさんたちと二つの「革命」編】もしも西荻窪の古本屋がピケティの『21世紀の資本』(PIKETTY,T.-Capital in the Twenty-First Century)を読んだら

   大陸にブルジョアが誕生した頃、イギリスではプロレタリアが誕生しつつあった。
 ワット・タイラーの乱が鎮圧されると、ほどなく「囲い込みenclosure」の動きが出てきたからだ。
 急激にではなく、ゆっくりと、しかし、着実に。
 イギリスが羊毛について「保護貿易」で富を積むようになると、都市周辺農業に「資本」が流れ込んだ。
 すると、農村に貧富が生じてきた。やがて富めるものはジェントリーにも劣らぬ財を蓄え、彼らはヨーマンyoemanと呼ばれるようになった。

2015年2月26日木曜日

【ヒツジさんたちが誕生させたブルジョアと資本主義編】もしも西荻窪の古本屋がピケティの『21世紀の資本』(PIKETTY,T.-Capital in the Twenty-First Century)を読んだら

中山元訳は「学生時代に
大塚訳をうなりながら
読んだあの苦労は
なんだったんだ」
と思うくらい読みやすい
 フランドルと並んで羊毛産業が盛んだったのは、イタリアのフィレンツェだった。十四世紀当時、フィレンツェには二百を越す織物工場があり、三万人もの織師がそこで働いていたという。
 フィレンツェの商人たちはフランドルにもやってきて、資本を投下しては自らの商圏を拡げたのだった。
 商人たちはギルドに属さず、莫大な利益を手にした。
 利益?それはどこからくるのか。

2015年2月25日水曜日

【フランドルのヒツジさんたちと資本主義編】もしも西荻窪の古本屋がピケティの『21世紀の資本』(PIKETTY,T.-Capital in the Twenty-First Century)を読んだら

古いタイプのメリノー種のヒツジ
    エドワード三世がが羊毛を禁輸したとき、それまで仲良くしていたフランドルは少なからず打撃を受けた。
 しかし、その打撃はほどなく解消された。スペインでレコンキスタが進んだからである。
 なんか風が吹けば桶屋が儲かるっぽい話だけど、歴史は時折そうしたことが起きる。てか、それこそが「歴史」ってものかもしれんけど。

2015年2月23日月曜日

2015年2月22日日曜日

【イギリスのヒツジさんたちと資本主義編】もしも西荻窪の古本屋がピケティの『21世紀の資本』(PIKETTY,T.-Capital in the Twenty-First Century)を読んだら

アダムが耕し、イヴが紡いだ時、誰が貴族だったか?
When Adam delved and Eve span, Who was then a gentleman?
 上記はワット・タイラーの乱(1381年)を指導したジョン・ボールのアジテーションとして知られている。日本でも平民社で堺利彦なんかが引用していたと思う。
 ジョン・ボールは神父だったけど、アダムって農民だったのかなあ。カインとアベルの故事からして、神は牧畜こそを言祝いでいたように思えるんだが。まあ、それはそれとして、このセリフってのはやはり、当時のイギリス農民を煽動するためのものであって、彼らが感情移入しやすいように作られたものなのだろう。つまり十四世紀後半のイギリス農民は、夫が畑を耕し、妻はせっせと「羊毛」をつむいでいたことがここから透けて見える。
 この乱の背景には百年戦争(1337〜1453年)があることはよく知られている。戦費をひねり出すための人頭税などの増税が直接のきっかけなのだが、そのまた背景にエドワード三世の羊毛禁輸があったことは、あまり語られることがない。
 

2015年2月20日金曜日

【フランダースの犬からフランドルのヒツジさんたちと資本主義編】もしも西荻窪の古本屋がピケティの『21世紀の資本』(PIKETTY,T.-Capital in the Twenty-First Century)を読んだら

『フランダースの犬』といえば、幼い心にトラウマを残す定番の物語だ。世界名作劇場のアニメで知っている人も多いだろう。左に掲げたのはよく知られているのではなく、ほとんど忘れられた別バージョンだが。
    なぜ『フランダースの犬』がショックかと言うと、純粋で正直で美少年で(そういう設定なのだ)絵の才能があっても、貧乏にはかなわない、という現実をまざまざと見せつけてくれるからだ。みんなビンボが悪いんや、は絶対普遍の真理なのである。

2015年2月15日日曜日

【やっぱり出てきた読まずに批判する人たち編】もしも西荻窪の古本屋がピケティの『21世紀の資本』(PIKETTY,T.-Capital in the Twenty-First Century)を読んだら

 今、一応ピケティブームとやらで、小さな街角の本屋ですら『21世紀の資本』が平積みになっててびっくりする。定価で六千円以上する本が一三万部とか、いやあ、日本もまだまだ捨てたもんじゃないね。よかったね、みすず書房。皮肉じゃなく、心からそう思う。

2015年2月12日木曜日

【アリストテレスもプラトンも格差で悩んでた編】もしも西荻窪の古本屋がピケティの『21世紀の資本』(PIKETTY,T.-Capital in the Twenty-First Century)を読んだら

タレス
    数日前のエントリーでふれたオリーブの葉っぱで出来た冠は、今もまだ家にあって、時々ネコが中に座っている。
「オリーブ」といえば、歴史に残る最初の「投資」に関わる作物だ。
 昔々その昔、古代ギリシャにとある哲学者がいた。哲学者ってのはだいたい貧乏なものだが、その哲学者はとびきり貧乏だった。
 そのことについて、口さがないものが「哲学なんて何の役にも立たない。やつを見ろ、賢人などと呼ばれてもずっと貧乏のままじゃないか」と陰口をたたいた。
 それを伝え聞いた哲学者は、その年の冬に金をはたいてオリーブ搾油器の使用権を買い占めた。すると夏にはオリーブが大豊作になり、搾油器の使用権を握っていた哲学者は大儲けしたのだった……

2015年2月9日月曜日

【ローマは滅ぶことなく腐って落ちた編】もしも西荻窪の古本屋がピケティの『21世紀の資本』(PIKETTY,T.-Capital in the Twenty-First Century)を読んだら

 その昔、というか、今でも似たようなことはどっかで続いてんだろうけど、奴隷というものはとっても便利な「商品」だった。
 なんたって、こいつがあればとんでもなく楽が出来る。「ご家庭に一人、奴隷をどうぞ!」てなもんだ。
 それだけに、その「相場」の上がり下がりは、国家の社会状況を変えるほどの影響があった。

2015年2月8日日曜日

【どっこいローマは滅ばなかった編】もしも西荻窪の古本屋がピケティの『21世紀の資本』(PIKETTY,T.-Capital in the Twenty-First Century)を読んだら

娯楽と癒しからみた
古代ローマ繁栄史
―パンとサーカスの時代
「パンとサーカス」といえばローマの繁栄の象徴というか、ローマ人って毎日遊んで暮らせたんだね、みたいな印象で語られることが多い。
 でもこれって、土地を失った小農家の連中がぶらぶらしてて、あぶなかしくってしゃーないんもんだから、大人しくさせるためにやってたようなもんなんだよね。
 こういう「土地からあぶれてぶらぶらしてる連中」てのを「プロレタリア」と呼ぶ。

2015年2月7日土曜日

【それなのにローマは滅ばなかった編】もしも西荻窪の古本屋がピケティの『21世紀の資本』(PIKETTY,T.-Capital in the Twenty-First Century)を読んだら

 今、家にオリーブの葉っぱでできた月桂冠がある。月桂樹でできてはいないけど。それを頭に載せると、ローマ人みたく何やら一発演説でもかましてみたくなる。
「それにつけても、カルタゴは滅ぶべきである!」Carthago delenda est!
大カトーが演説するたんびに、その内容に関わらずくっつけていた「下の句」だ。「イチジクって とっても甘くて美味しいね それにつけてもカルタゴ滅べ」てなもんである。
 そして、三度に渡るポエニ戦争の末、カルタゴは滅んだ。あまりに徹底的に滅ぼされたもんだから、今じゃカルタゴがどんな国だったのかすら、よくわかんなくなってるくらい。
 燃え盛るカルタゴの街を眺めながら、小スキピオはつぶやいた。
「いつかローマもこうなるだろう」

2015年2月2日月曜日

「あたくしは幸せでした。なぜかってぇと、不器用でしたから」と語った八代目桂文楽が不器用に世を去った事と次第

「あたくしは幸せでした。なぜかってぇと、不器用でしたから」
 そう語った八代目桂文楽は、当時古今亭志ん生と人気を分け合い、名人の呼び名を恣にしていた。
 どういったところが「不器用」で、それが「幸せ」に繋がったかというと、常に話を完璧に語る事を目指して精進を重ね、それが大衆に受け容れられて人気を呼んだ、ということだろう。
 つまりは、志ん生とは正反対の芸風だったのだ。
 亡くなったのは昭和四六年だから、私はまだ小学生だ。落語と言えば「笑点」くらいしか知らなかった。
 しかし後に、その死に至るいきさつを知り、心に残るところがあったので、ここに記してみようと思う。

2015年2月1日日曜日

本を焚くものは、いずれその炎で己自身をも焚くであろう(トーマス・マン)


イスラム国は図書館の本を焼いた【焚書】

 なんか盛大にやらかしてくれたようだ。
 この連中は欧米のキリスト教徒が胸に抱いているチープなムスリム像を、現実にデフォルメして描き出すことにばかり熱心なようだ。
 多くのムスリムが「そんなのは本当のムスリムではない」と言っても、その発言にしょんべんかけるようなことを次々とやらかす。
 そこに現れるのは、「かつて巨大な帝国を維持したムスリム」ではなく、西欧人の心の中で何百年にも渡ってデフォルメされてきた、チープなムスリムのイメージ、暴力的で嘘つきで淫猥で野蛮で知性が無いという、クレヨンで描きなぐられた悪役像の具現化でしかない。
 で、今回は図書館の本を焚いてくれたとか。おまけに

>「これらの本は不信心で、アラーに背いている。だから焼くのだ」

 だとか。