2015年2月12日木曜日

【アリストテレスもプラトンも格差で悩んでた編】もしも西荻窪の古本屋がピケティの『21世紀の資本』(PIKETTY,T.-Capital in the Twenty-First Century)を読んだら

タレス
    数日前のエントリーでふれたオリーブの葉っぱで出来た冠は、今もまだ家にあって、時々ネコが中に座っている。
「オリーブ」といえば、歴史に残る最初の「投資」に関わる作物だ。
 昔々その昔、古代ギリシャにとある哲学者がいた。哲学者ってのはだいたい貧乏なものだが、その哲学者はとびきり貧乏だった。
 そのことについて、口さがないものが「哲学なんて何の役にも立たない。やつを見ろ、賢人などと呼ばれてもずっと貧乏のままじゃないか」と陰口をたたいた。
 それを伝え聞いた哲学者は、その年の冬に金をはたいてオリーブ搾油器の使用権を買い占めた。すると夏にはオリーブが大豊作になり、搾油器の使用権を握っていた哲学者は大儲けしたのだった……

 その哲学者の名はタレス。この話はアリストテレスが伝え残している。
 なんでオリーブの豊作の予知と哲学が関わるのかというと、ソクラテス以前の哲学ってのは、自然の在り方を知るためのもので、現代一般に考えられているような、形而上的なものではまだなかったのだ。

 とまあ、この例によらず、古代ギリシャでは商業が発達していて、その中心のアテネでは資本主義めいたものがすでに出来上がっていた。
 ところがB.C.四〜三世紀、恒常的に戦争が起こることで、商業は衰退していく。なんでかっていうと、支配して統治するより掠奪する方が、とっても楽してとっても儲かることがわかったからだ。
 ギリシャのポリスが成立したのはローマよりもずっと昔だったけど、後にローマで起こるようなことが、この哲学と民主制の国でも起こったのだ。
 おさだまりの、格差の拡大である。
 プラトンは、不平等こそが諸悪の根源だとした。ギリシャの人々の念頭にそれがあったかどうかはわからないけれど、ポリスにはつねに格差を暴力で解消する、「革命」の嵐が吹き荒れていた。
 合い言葉は
「土地の再分配(ゲース・アナダスモス)」
「負債の帳消し(クレオーン・アポコペー)」
 の二つである。
 この合い言葉、あんまりにも頻繁に使われ、議会に提議されたもんだから、B.C.401にアテネでは、このような議案を投票に付すことを禁じている。
 またアリストテレスは、こうした暴力による格差の解消を、非常に恐れていたという。

 なんというか、これ、まんま「徳政一揆」じゃん、とか思ってしまう。
 富の偏在が社会を硬直させ、それを変動するために暴力が使用される。その繰り返しが、土地や財産に暴力を結びつけてきたのだ。
 それは古今東西、古往今来、変わることなく存在するのだ。
 そして歴史の流れに沿うのではなく、むしろ流れに垂直に突き立つものとして、格差の拡大(とその解消)は現れる。
 それらは常に、新しいもの、新たな時代の到来として語られるのだ。


タレスの遺産―数学史と数学の基礎から

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