2015年2月1日日曜日

本を焚くものは、いずれその炎で己自身をも焚くであろう(トーマス・マン)


イスラム国は図書館の本を焼いた【焚書】

 なんか盛大にやらかしてくれたようだ。
 なんというか、この連中は欧米のキリスト教徒が胸に抱いているチープなムスリム像を、現実にデフォルメして描き出すことにばかり熱心なようだ。
 多くのムスリムが「そんなのは本当のムスリムではない」と言っても、その発言にしょんべんかけるようなことを次々とやらかす。
 そこに現れるのは、「かつて巨大な帝国を維持したムスリム」ではなく、西欧人の心の中で何百年にも渡ってデフォルメされてきた、チープなムスリムのイメージ、暴力的で嘘つきで淫猥で野蛮で知性が無いという、クレヨンで描きなぐられた悪役像の具現化でしかない。
 で、今回は図書館の本を焚いてくれたとか。おまけに

>これらの本は不信心で、アラーに背いている。だから焼くのだ」

 だとか。
 その昔、アレキサンドリアの図書館は、アムル・イブン・アル=アスによって「コーランと同じことが書かれている書物はコーランがあれば良いから焼け。コーランに書かれていない書物は邪悪な教えであるから焼け」と言って焚かれた、とされてきた。
 この説は二十世紀に至っても真実とされていた。いや、今でも真実だと信じている人はいるだろう。
 実際は、狂信的なキリスト教集団によって、「聖書以外に書物は不要だ」と焚かれたということは、以前本宅のエントリーに書いた通りだ。

誰がアレキサンドリア図書館を燃やしたのか

 そんなところへこんな事件が起きたら、幼稚な人たちが「やっぱりあれはほんとうだったんだ!」と、ラピュタ見つけたパズーみたいに眼をキラキラさせながらはしゃぐに違いない。きっとこの事件をアレキサンドリア図書館になぞらえて、つぶやいたりブログ書いたりするやつがわんさかわいてくるだろう。頭痛い。

 ISISとかISILとかイスラム国とか呼ばれるあの連中は、自分たちが焚いているのは、実はコーランであり、ムスリムが築き上げてきた歴史なのだ、ということに気づかないのだろうか。
 いや、もしかして、トップの連中はムスリムですらないんじゃなかろうか。


古代アレクサンドリア図書館―よみがえる知の宝庫 (中公新書)

 
 
焚書についての自己リンク集

応仁元年九月十八日桃華坊文庫焼亡ス
真に本を焚くものは火でもなく兵器でもなく……
誰がアレキサンドリア図書館を燃やしたのか
『陶庵夢憶』からほんの少しメモ

(やや不完全ながら)

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