2019年4月27日土曜日

天使は燃え落ちる宿命にあるか




   その映像を観ながら、思わず(Fiery the angels fell... 天使は燃え落ちる…)とレプリカントのように呟いてしまった。
 二〇一九年四月十五日、ノートル・ダム大聖堂は大火を発し、パリの原点を指すように天を衝く尖塔は、役割を終えたかのように燃え落ちた。
 原因はただの失火であるとのことだが、歴史というのは時に、このようにうっかり断ち切られたりするものかもしれない。パソコンに大量の文章を打ち込んでいたら、ブレーカーがいきなり落ちるみたいにして。
 燃え上がる大聖堂を目にした時、誰もが「美しい」と感じてしまったことだろう。だが、テレビの報道に接した限りでは、誰一人としてそうした感想を漏らしてはいなかった。
 不謹慎、ということだろうか。それなら、大勢の人がかざしていたスマホ、あれなんかはどうなんだろう?

 火事というものは、悲惨であるとともに、ある種の美しさがある。
 ただし、それは歴史的な建造物に限るように思われる。
 近代建築は、そこに幽霊の出る場所がないように、火災にあっても美しさを持たない。その辺り、バウハウスの罪は深い。
 さらに、インターネットの「炎上」なんぞ、ただ醜悪なばかりだ。

 美しい火事と言えば思い出すのが、一九九六年のクレディ・リヨネ本社の火災である。
    場所はやはりパリで、フランスなのにイタリアン大通りと名のついた、メインストリートに面した古めかしい建物だった。
 動画ではあまり映っていないが、消防隊がフルで活動する前、数多の窓からびろうどの束のような炎が吐き出されていた。
 そして、大通りを挟んだ向こうでは、イーゼルを立てた女学生がその美しい惨禍を懸命にキャンパスに写していた。さすが芸術の都、と妙に感心したのを憶えている。
 ところでこの火事が起きる前、一九九三年にクレディ・リヨネは経営の方で「大火災」に見舞われている。米MGM買収をめぐる放漫経営が祟り、それに伴って不正会計が明らかになったのだ。フランス中央銀行も巻き込んだこの騒動は「二十世紀最大の金融スキャンダル」と呼ばれ、リヨネの会長だけでなく、中央銀行総裁までもが禁固刑を食らった(ただし執行猶予付き)。
 火災はその三年後に起きたわけだ。重要書類は地下に持ち出せたので損傷はなかった、とのことだが、不都合な書類の方は果たしてどうだったのか。その後もクレディ・リヨネは傾き続け、二〇〇三年にはクレディ・アグリコル(その名の通り元農業系の地域信用金庫)に買収された。


金閣寺(英文版) 三島由紀夫
金閣炎上  水上勉

 
金閣寺の燃やし方  酒井順子

 日本での歴史的建造物の炎上といえば、やはり金閣寺だろう。
 昭和二五年七月二日午前三時頃、北山鹿苑寺こと金閣寺は炎上した。
 失火などではなく放火によるもので、犯人は程なく逮捕された。
………………
 あおのけに倒れた私の目は夜空を見ていた。おびただしい鳥が、鳴き 叫んで赤松の梢をすぎ、すでにまばらな火の粉が頭上の空にも浮遊していた。
 身を起こして、はるか谷間の金閣のほうを眺め下ろした。異様な音がそこからひびいて来た。爆竹のような音でもある。無数の人間の関節が一せいになるような音でもある。
 ここからは金閣の形は見えない。渦巻いている煙と、天に冲している火が見えるだけである。木の間をおびただしい火の粉が飛び、金閣の空は金砂子を撒いたようである。
………………
 三島由紀夫の『金閣寺』では、貧しい生まれの僧侶見習いである「私」が、金閣寺と無理心中しようとして失敗し、生き残ってしまったように書かれている。
………………
 別のポケットの煙草が手に触れた。私は煙草を喫んだ。一ト仕事を終えて一服している人がよくそう思うように、生きようと私は思った。
………………
 だが、実際に金閣寺を焼いた男は、その後結核をこじらせて死んでいる。三島が『金閣寺』を発表する以前のことである。
 水上勉『金閣炎上』には、逮捕直後の調書の写しが載せられている。
………………
 金閣が燃へるのを見ましたが放火した原因については無意味にやりました。其後私も死ぬるつもりで前に買ふてあつたカルモチン百錠を大文字山の山中で飲んだのでありますが今は苦しいですから寝かせ呉れ何もかも申します。私が放火した犯人に相違ありません。私の主観では悪い事をしたとは思ひません。
………………
 金閣寺は五年後、まるで何事もなかったかのように再建された。火をつけた男はまだギリギリで生きていたが、「どうでもよい、無意味なことだ」と言って写真すら見ようとしなかった。
 
五重塔 (岩波文庫)
   文学作品と炎上といえば、幸田露伴の『五重塔』もある。
 といっても、小説の中で五重塔は燃えてはいない。未曾有の暴風雨に堂々と耐えて
………………
釘一本ゆるまず板一枚剥がれざりしには舌を巻きて賛嘆し、
………………
 という具合で、
………………
百有余年の今になるまで、譚(はなし)は活きて遺りける。
………………
 と小説は締めくくられている。
 だが、この塔は昭和三二年に、これまた放火で焼失した。放火の動機は、不倫精算のための心中であったという。
 モデルとなった谷中の天王寺(小説では旧名の感応寺となっている)の五重塔は再建されていない。
 なんでも、元あった場所が都立霊園となっており、そこは特定の宗派の宗教物は建てられない、という規則があるためだそうだ。


伴大納言絵巻
 冷泉為恭復元模写
応天門炎上 伴大納言 (智慧の海叢書)


 時代は飛んで、炎上自体が政変に直結し、歴史の大事となったことがある。
 応天門の炎上にともなう騒動で、一般に「応天門の変」と称される。
 これは謎の多い事件で、放火が原因とされているが、小松左京は『応天炎上』において、フェーン現象による自然発火の説を唱えている。
 この炎上の結果として、犯人とされた伴氏は失脚し、最初に疑われた源氏もその力を失い、藤原氏の独裁が強くなった。
 
 と、ノートル・ダム寺院の火災に触発され、思い起こす事をつらつらと書いてみた。
 念の為断っておくと、私自身は火事にあったこともなければ、真近に見たこともない。


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