2014年12月22日月曜日

写真を見ながら絵を描くのはただらくちんなだけじゃないのまたまたつづき

 昔の写真は、どれもこれも美しくみえる。ただ懐かしさを感じるだけではなく、写真そのものが美しい。
  まあ、それもそのはずで、昔の写真てのはだいたい修正が施されているのだ。肖像写真なんかは特に。写真そのものがとんでもなく贅沢なシロモノだったので、なるべく失敗しないように、ということだったのだろう。
 美には、常に作意がつきまとう。
 その人を映したものは、その人自身よりも美しく、それが人の寿命よりも永らえるものであるなら、いっそ美しく残したいというのが人情というものだろう。

 そして、美しいものはなるべく自分のものにしたくなる。
 それは単純に写真を入手するというだけではなく、美しい写真というものは常に模写を誘惑するものなのだ。

 
Комба́т
左の画像は、旧ソ連において大祖国戦争(第二次大戦のソ連での呼び名)を象徴するものとされる。
 写っているのはアレクセイ・エリョーメンコ、という男だ、ということになっている。彼は、このあとホロシェー村を巡る戦いで戦死した。
 プラウダに掲載されたこの写真は評判を呼び、後には戦勝記念硬貨や戦勝記念碑にも採用されている。
戦勝五五周年硬貨
戦勝記念碑
で、最近はインターネットでもって画像検索なんて便利なことが出来る。
 そういう便利なおもちゃをいじっていると、時折びっくりするようなものがひっかかってきたりする。

 ……なんじゃこりゃ。
 誰が描いたか知らんが、上手いもんだ。
 まあしかしテーマ的にも間違っとらんし、ここまで上手く描けてるなら、これはこれでアリなんじゃないかというような気にもなる。ロシア人はどう思うか知らんけど。

 しかし、写真をさらにまた「写す」という行為は、ただ美しいものをさらに美しくするだけではない。それは写真が大量に生産されるようになって、別な意味を持つようになるのだ。

 というところでまた次回に。





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