美には、常に作意がつきまとう。
その人を映したものは、その人自身よりも美しく、それが人の寿命よりも永らえるものであるなら、いっそ美しく残したいというのが人情というものだろう。
そして、美しいものはなるべく自分のものにしたくなる。
それは単純に写真を入手するというだけではなく、美しい写真というものは常に模写を誘惑するものなのだ。
Комба́т |
写っているのはアレクセイ・エリョーメンコ、という男だ、ということになっている。彼は、このあとホロシェー村を巡る戦いで戦死した。
プラウダに掲載されたこの写真は評判を呼び、後には戦勝記念硬貨や戦勝記念碑にも採用されている。
戦勝五五周年硬貨 |
戦勝記念碑 |
そういう便利なおもちゃをいじっていると、時折びっくりするようなものがひっかかってきたりする。
……なんじゃこりゃ。
誰が描いたか知らんが、上手いもんだ。
まあしかしテーマ的にも間違っとらんし、ここまで上手く描けてるなら、これはこれでアリなんじゃないかというような気にもなる。ロシア人はどう思うか知らんけど。
しかし、写真をさらにまた「写す」という行為は、ただ美しいものをさらに美しくするだけではない。それは写真が大量に生産されるようになって、別な意味を持つようになるのだ。
というところでまた次回に。
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