2014年12月18日木曜日

写真を見ながら絵を描くのはただらくちんなだけじゃないのつづき

 昨日はだらだらとマイナスなことばかり書いてしまった。ホントに言いたかったのはそういうことじゃない。

 写真というものが登場した時、それは芸術に対して大きな影響を持った。  
ナダールが撮影したクールベ
  共和制になったり帝政になったり、ぎったんばっこん忙しかった19世紀フランスに登場した、元漫画家(てか戯画絵描き)のナダールが写しまくった「写真photograph」は、あっちこっちで引っ張りだこになった。
 画家のギュスターヴ・クールベも、ある日パトロンで友人のアルフレッド・ブリヤAlfred Bruyasにこんな手紙を送っている。
「ちょっと絵の題材に使いたいから、女のヌード写真送ってくんない?」

『画家のアトリエ』(部分)
    この手紙を出した時期に制作してたのが、代表作の『画家のアトリエ』と、今やクールベの作品で一番有名かもしれない『世界の起原L'Origine du Monde(注:18歳未満はリンク踏んじゃダメ)』である。
 そしてパリ万博において世界最初の「個展」を開き、そこでばらまいた作品目録の始めに「レアリスム宣言manifeste du Réalisme」を書きつけた。
 曰く
…………
 リアリストってのは、一八三〇年の画家たちがロマン主義と呼ばれたみたくして、オレに付けられた呼び名だ。そういう呼び名ってのは適当につけられる。つけられなきゃ作品は全然お呼びじゃなくなっちまう。
 有名になることも悪名を轟かすことものぞんじゃいない、オレはただ、わかってほしいんだ。誤解のない、単純でわかりやすい言葉で自分を語りたいんだ。
 古典だろうがモダンだろうが、そこから芸術を学ぼうとは思わない。固定観念や偏見は捨ててしまおう。他の何かからの物まねなんかしたくないし、ましてや「ためにする芸術」なんかに心を傾けたくはない。そう、オレはただただ描きたいだけなんだ。まったく伝統によらず、理性と個性でもって自分を練り上げたいんだ。
 やるべきことはわかってる。同時代の慣習や考えを、自分なりに、絵で表現すればいい。画家である以前に、一人の人間として。つまりは、生きた芸術art vivantを造ることだ。
…………
 なんだか生硬な訳ですんません。まあとにかく、物まねなんかやーだよ、といいつつ、クールベは写真から模写してたってわけ。
写したのは裸の女性だけじゃなくて、有名な『海景』なんかも、ギュスターヴ・ル・グレイの写真からの、「影響」が指摘されている。
海景
なんかクールベのことばっか描いちゃったけど、同時代のコローなんかも、風景の焦点のとり方なんかが、写真から影響されてるって言われている。

 この当時写真はバリバリのニューメディアであり、それは「現実」つまり「リアル」を切り取ったものであって、芸術でも何でもないと思われていた。
 だからそれは「現実」に対して、より「リアル」な視線をもたらしてくれるツールとしてしか、クールベは、そして同時代の画家たちも、考えていなかったのだろう。
 では、写真がもたらした「リアル」とは、どのようなものだったのだろうか。

 明日に続きます。ごめんなさい。


ギュスターヴ・クールベ - 画家クールベの音楽世界 (2CD) (Courbet: Les Musiques)

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