マラリアは現在日本ではほとんど見られない病気だが、明治以前は北海道を含む日本全土で発生していた。媒介するのはハマダラカだから、寒い北海道で流行するのは不思議だが、明治以降も屯田兵のあいだで感染が広まったことがあったそうだ。
マラリアという名が外から入ってくる前は、「瘧」(おこり)と呼ばれていた。
病いの度合いなど種類によって違い、初期の発熱を乗り越えると慢性化することもある。
坂本龍馬は、この「瘧」の発作持ちで、不定期に高熱をだしていたという。
このことは以前本家のブログで少しふれたことがあったが、そのとき龍馬は梅毒にもかかっていた、とも書いた。
この龍馬の病歴については、伝聞でしかないため確かなところはわからない。瘧のほうは『竜馬がゆく』だし、梅毒のほうは幸徳秋水が中江兆民から聞いた話、ということだ。
それはともかく、龍馬のこの二つの罹患歴が本当なら、もしかしたら梅毒の方は治っていた、という可能性がある。
というのも、梅毒の治療法に、「わざとマラリアに感染させて高熱を出させて梅毒菌を殺す」という無茶なやり方があるからだ。
あとそれから、高熱のため種無しになっていた可能性もあるな、と思う。
ついでなんで、梅毒についても二、三。
日本人は梅毒というものが、深刻な病気だとの意識が薄かったのか、かかっても平気で街を出歩いていた。
ルイス・フロイスは「我々の間では人が横痃mula(通常「横根」と呼ばれていた)にかかれば常に不潔なこと、破廉恥なことである。日本では、男も女もそれを普通のこととして、少しも羞じない」と書いている。
江戸時代に至っては、医師橘南谿が「京の人半ば唐瘡(とうも)なり」と記している。唐瘡とは梅毒のことで、唐からきた瘡ということだ。イタリア人が梅毒を「フランス病」と呼び、フランス人は「ナポリ病」と呼んだのと同じようなものである。
杉田玄白 は「毎歳千人余りも療治するうちに七、八百は梅毒家なり」と言い、松本良順は「下賎のもの百人中、九十五人は梅毒にかからざるものなし」と嘆いている。
また、出土した江戸時代人の骨にみられる梅毒の痕跡などから、江戸期の梅毒罹患率は成人で54.5%にのぼるそうだ。二人に一人は梅毒だったのである。
もちろん、吉原においては猖獗を極め、八割方が梅毒持ちだったともいう。しかし、梅毒にかかると体が弱々しくなって客にモテるようになり、しかも妊娠しづらくなったので、娼妓たちはかえってそれを歓迎していたそうだ。とはいえ、梅毒は梅毒だから、最後はぼろぼろになって死ぬわけで、好い仲になった客と心中するのがはやったのも、むべなるかなと思われる。
江戸時代に梅毒が珍しくなかったことは、落語の題材として取り上げられていたことでもわかる。
談志百席「蛙茶番」「鼻ほしい」 |
三遊亭圓生「おかふい
」
「おかふい
」と「鼻ほしい
」は、両方とも梅毒で鼻がなくなった男が主人公である。もちろん、現代では両方とも放送できない。(談志のは放送できるように設定が変えてあるそうだが、まだ聞いたことがない)しかし、両方ともまだ高座では時々かかる演目だそうだ。私は「鼻ほしい」の方だけ聞いたことがある。
そんなわけで、長屋の八つぁんも熊さんも、どっちかは梅毒だったんだろうなあ、というのがリアルな江戸時代というものなのだ。
そんなわけで、長屋の八つぁんも熊さんも、どっちかは梅毒だったんだろうなあ、というのがリアルな江戸時代というものなのだ。
最後にちょっと豆知識。
漢方薬でノーベル賞をもらった女性(日本にはまだ女性の受賞者はいないよね……。でもノーベル賞を科学分野でもらった女性自体、まだ一七人しかいないけど)、屠呦呦氏の名前の「呦呦(ゆうゆう)」とは鹿の鳴き声からきている。詩経には「鹿鳴」という例の鹿鳴館の語源になった詩があって、それは以下のようなものだ。
呦呦鹿鳴,食野之苹。我有嘉賓,鼓瑟吹笙。吹笙鼓簧,承筐是將。人之好我,示我周行。
呦呦鹿鳴,食野之蒿。我有嘉賓,德音孔昭。視民不恌,君子是則是傚。我有旨酒,嘉賓式燕以敖。
呦呦鹿鳴,食野之芩。我有嘉賓,鼓瑟鼓琴。鼓瑟鼓琴,和樂且湛。我有旨酒,以燕樂嘉賓之心。
漢方薬でノーベル賞をもらった女性(日本にはまだ女性の受賞者はいないよね……。でもノーベル賞を科学分野でもらった女性自体、まだ一七人しかいないけど)、屠呦呦氏の名前の「呦呦(ゆうゆう)」とは鹿の鳴き声からきている。詩経には「鹿鳴」という例の鹿鳴館の語源になった詩があって、それは以下のようなものだ。
呦呦鹿鳴,食野之苹。我有嘉賓,鼓瑟吹笙。吹笙鼓簧,承筐是將。人之好我,示我周行。
呦呦鹿鳴,食野之蒿。我有嘉賓,德音孔昭。視民不恌,君子是則是傚。我有旨酒,嘉賓式燕以敖。
呦呦鹿鳴,食野之芩。我有嘉賓,鼓瑟鼓琴。鼓瑟鼓琴,和樂且湛。我有旨酒,以燕樂嘉賓之心。
どの連も冒頭は鹿が鳴いてよもぎを食べている、と歌っている。苹、蒿、芩、ともによもぎのことである。
そして、今度ノーベル賞の対象となった、マラリアの特効薬であるアーテミシニンは、中国語で「青蒿素」という。よもぎの一種から抽出したので、この名があるそうだ。
なんというか、中国四千年の歴史!とか叫んでしまいたくなる、そんな不思議な縁を感じる話である。
ちなみに、中国ではとっくに話題になっているようだ。
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