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……シオン議定書というものがあったとしても、その内容がそれほど悪徳の議定書であるということが、すでに常識から観て怪しいのである。
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……こうして考えてくると、ユダヤ人の陰謀は、ありもしないことを捏造した一編の怪奇物語、あるいは探偵小説でしかあり得ないということが判るし、万一それが真実であったにしてもさらに驚くほどのことではないということが判るだろう。総てこれらはユダヤ人嫌いのキリスト教狂信者が作り上げた誣言であり、虚妄の物語である。
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上記の記述、どこからの引用かというと、伊達龍城著『ファッショの嵐』という本である。(仮名遣い等は改めた)
所謂「ユダヤ陰謀論」をあざ笑い、世情の風説など一顧だにしていない。しかし、著者は「マルクスか、ファッショか」と読者に二者択一をせまり、自らはファシズムを選んでみせるのだ。やれやれ。
刊行は昭和七年、ヒトラーはまだ大統領選を争っている段階だが、この本にもちゃんと載っている。
著者はこの本の前に『日○もし戦わば?』というのも書いている。○の中は米露英のどれが入るかな、という趣向。
なんともきなくささで鼻が曲がりそうになるが、それでもユダヤ陰謀論については一笑に付す態度を見せている。
ところが時代が下って、昭和十六年(日米開戦の年)の『猶太思想及運動』という本になると、「てえへんだてえへんだ!ユダヤのとんでもない陰謀が明らかになったぜ!」みたいな調子なのだ。書いたのは四王天延孝という陸軍中将で、元総理の平沼騏一郎が序文を寄せている。
まあ、ドイツと同盟を結んだから、というのもあるんだろうけどねえ。それにしてももねえ……。ちなみに、ヒトラーの『我が闘争』では、昭和十五年以降日本についての記述が削られている。日本人が蔑まれる表現があるからね。んで、「ヒトラー『吾が闘争』㊙伏字表」なんてパンフが作られて、これが発禁にされている(「吾が」てのは当時の翻訳表記)。
古本屋をやってると戦前の本に接する機会が多いんだけど、実感として昭和七、八年くらいから、どんどん本の内容がおかしくなっていく。たぶん検閲が厳しくなってきたからなんだろうけど、それにともなって読者の方も、どんどん輪をかけておかしくなっていったのに違いない。アホみたいな本が何十刷にもなってて目を疑う。
やっぱり出版の検閲ってのは社会を劣化させるなあ、としみじみ感じる次第なのだ。
でも当時の発禁本って、割と目にする機会も多いけどね。みんな内緒で大事に持ってたらしい。元陸軍大尉さんの遺品から、発禁になってた猥褻本がいっぱい出てきたりするし。
検閲の帝国
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