2014年3月20日木曜日

クリミアが騒がしいようだけどアレクサンドル・ソクーロフについて少しメモしておこう

 アレクサンドル・ソクーロフという映画監督について、クリミア半島の騒動をきっかけに思い起こすことがあったので、ちょっとメモしておこうと思う。
 この監督について知らない人でも、二〇〇五年に昭和天皇を題材にした『 太陽 』という映画を撮った人だと聞けば、「ああ、あれか」と思い当たるだろう。
  彼はクリミアを舞台にした『ストーン/クリミアの亡霊 』(原題はкамень「石」)という映画を撮っている。 



    映画は、クリミアに今も残るチェホフの別荘に、チェホフの亡霊が現れて主人公と交流する、という幻想的な内容だ。闇の表現がすばらしく、そういえば幼い頃に見た暗闇というものは、静かでも暗黒でもなく、どこか騒がしくノイジーだったことが思い起こされる。ただチェホフの亡霊が、モーツァルトの実際に使っていたピアノを奏でるシーンで、太田胃散のCMメロディーショパン前奏曲作品二八の七イ長調)が流れてきたのにはどう対処すればいいかわからなかった。その時小さな映画館の中に、ホウ酸をタライの水に入れたみたく、ごく自然でかすかな笑いがくすくすとわいた。

 と、それはさておき、ソクーロフの映画は旧ソ連で長いことお蔵入りにされていたが、ペレストロイカのおかげで陽の目を見ることができた。その際ヨーロッパで高い評価を得たというのが『日陽はしづかに発酵し・・・ 』(原題はДнизатмени「日蝕」)である。

 この映画は一人の若い学者がトルクメニスタンへと追放され、不可解かつ不快な数々の不条理な現象に出会う、という話だ。実際に撮影された荒野は、核実験の跡地だったと言われる。
 ここで学者は一人のタタール人と友人になる。
 そして、彼の物語る苦難の歴史を耳にする……

 まだソ連があった頃、この表現はかなりぎりぎりすれすれだったと思う。これはつまり、スターリンによるクリミア・タタール人強制移住の悲劇を下敷きにしているからだ。
 実際にクリミア・タタール人が移住させられたのは、トルクメニスタンではなく、ウズベキスタンやその他の中央アジアである。
 一万人以上が餓死し、それは現在、スターリンによる「ジェノサイド」と認められている。
 しかし、このことは長いあいだ、ソ連では「なかったこと」にされていた。

 今回のロシアのクリミア侵略に、クリミア・タタール人たちは非難の声をあげている。
クリミア住民投票認めず=タタール人代表と会見−トルコ
 http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2014031800598
 また、プーチンはクリミアがウクライナに編入されたことについて、まるでフルシチョフの気まぐれからそれが行われたように語っているが、実際は上記のような「ジェノサイド」を踏まえた上で、「スターリン批判」の流れにより、ロシアから切り離したのである。

> プーチン氏は、1954年にクリミアをウクライナに移管したことはソ連の法律に違反していたとし、ロシア領に戻すことはその間違いを正すことだと述べ た。プーチン氏によれば、当時ソ連の最高指導者だったニキータ・フルシチョフがクリミアの帰属をウクライナに変更したときは誰もソ連崩壊を予想しておら ず、そうなったときにはクリミアは「ジャガイモの袋」のように(ウクライナに)渡された。「信じられなかったことが不幸にも現実になった」とプーチン氏は 述べた。

 よくもまあ、ぬけぬけと。プーチンって、かくれスターリニストじゃないのかな。
 ソクーロフの映画も不条理だけど、現実の国際情勢はもっと不条理だ。いや、ここは複雑怪奇と言うべきか。平沼騏一郎に倣って。
 考えてみれば、カフカの小説を読むとよくわかるように、権力てのは「不条理」な「力」として現れることが多い。 ソクーロフの不条理で幻想的な映画の背後には、権力への鋭い視線が隠されている。仕込み杖の刃のように。

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