2014年11月6日木曜日

【とにかく『七人の侍』には感動してしまうわけだけど編】もしも西荻窪の古本屋がピケティの『21世紀の資本』(PIKETTY,T.-Capital in the Twenty-First Century)を読んだら

    はい、『七人の侍』ですね、まーすごいですね、かっこいいですね、この音楽を聴くだけでぞくぞくしちゃいますね、とついつい淀川長治になってしまいますね。

 映画のようなサムライが実在したかはさておき、今世界中にばらまかれてるサムライのイメージって、やっぱここからきてるんだろうね。
 こんなにカッコ良くはなかったと思うけど、平安末期から江戸時代前半まで、刀を腰に下げて腕一本で喰ってる危なっかしい連中が、「武士」やら「武者」やら「侍」やらを自称してうろうろしてたことは確かなようだ。
 ちゃんと「土地」を持って「一所懸命」してる武家や、それに仕えてる家の子郎党などはともかく、なーんもなしにうろうろしてる奴らにサムライというアイディンティティを与え、さらには一層増殖させるきっかけを作ったのは何だっただろう?

 たぶん『御成敗式目』が一つのメルクマールになったんじゃなかろうか、と考える。
 執権北条泰時が定めたサムライ向けの法律集なわけだけど、「いやでもこれって、土地持ちの武家とか、守護・地頭の権限とかをきめたもんで、そこら辺うろうろしてるやつはアイディンティティもへったくれもないじゃん?」と普通には思う。
 ただこの『御成敗式目』というのは、当時としてはよくでかしたもんではあるんだけど、いろんなとこがゆるゆるなんだよね。で、その「ゆるゆる」が問題なわけ。

たとえば第四条。
…………
第四条

一、同守護人不申事由、沒收罪科跡事

右重犯之輩出來時者、須申子細隨左右之處、不決實否不糺輕重、恣稱罪科之跡、私令沒收之條、理不盡之沙汰、甚自由之姧謀也、早注進其旨、宜令蒙裁斷、猶以 違犯者、可被處罪科、次犯科人田畠在家并妻子資財事、於重科之輩者、雖召渡守護所、至田宅妻子雜具者、不及付渡、兼又同類事、縱雖載白状、無財物者更非沙 汰之限

…………
「一、守護と言えど勝手に罪人から所領を没収しちゃダメ

重い罪なんかは経過をきちんと幕府に報告して幕府の指示を待つこと。勝手に守護が罪人の所領を没収するとかはダメ。やったらクビ。重罪人と言えど、そいつの妻子の財産に手を付けちゃなんない。あと手下がいてそいつが白状しても、無一文だったらどうにもならんわな」

 ……うーん、守護がけっこう好き勝手やらかしてたんだろうなあ。でも最後んとこ、これじゃあ、そこら辺でぶらぶらしてるやつを雇ってやらせることになるよね。まあ、捕まったら無罪放免にはならないけど、当時武士と庶民では受ける刑罰が違ってて、武士は最高は死罪だけど滅多になかったし、あとはだいたい追放とか罰金とか禁固で、逆に庶民は指を切られたり火印を押されたりした。それなら何かやらかすときは、そこらでぶらぶらしてるサムライの方を雇うでしょ。刀持ってるし。

 そして第五条。
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一、諸國地頭令抑留年貢所當事

右抑留年貢之由、有本所之訴訟者、即遂結解可請勘定、犯用之條若無所遁者、任員數可辨償之、但於爲少分者早速可致沙汰、至過分者三箇年中可辨濟也、猶背此 旨令難澁者、可被改所職也
…………
「一、諸国の地頭で年貢を納めないやつがいたらどうしたらいいか。

年貢を納めない地頭は領主(本所)から怒られたらさっさと払え。払いきれない分は三年待ってやる。それでも払えなかった地頭はクビね」

 ……えーっと、地頭をクビってのはわかんだけど、じゃあ貯め込んだ年貢ってそれでチャラになっちゃうのかな。地頭っても、クビになったら路頭に迷うってわけでもなくて、ちゃんと自分の所領があったりすんだけど。

 とにかく「土地」に関するあれこれが多くて、七条には頼朝や政子から与えられた所領は、どんな訴えがあってもそのままとか、三六条で「昔の話を蒸し返して土地の境界を変えようとすな」と言ってたり、三七条で「勝手に朝廷の領地を奪うんじゃねえ」と言ってたり、四七条で「宙に浮いてるからって勝手に人の土地を寄進すんな」って言ってたり、まあいろいろとある。
 んで、重要なのは四八条。

…………
第四十八条

一、賣買所領事

右以相傳之私領、要用之時、令沽却者定法也、而或募勳功或依勤勞、預別御恩之輩、恣令賣買之條、所行之旨非無其科、自今以後慥可被停止也、若又背制符令沽 却者、云賣人云買人、共以可被處罪科

…………
「一、所領の売買
元々自分のもんだった土地を売るのは良いけど、せっかく将軍様がくだされた土地を売るのは禁止。売った方も買った方も罰するから」

 つまり、くれてやるけど勝手に使うなという、ガキのお年玉じゃあるめえし、な状況。
 ここで「一所懸命」なサムライの片足が宙に浮く。
 その恩賞の「土地」をいただいたのが祖先であるなら、その祖先の名を継ぐことがその「土地」を継ぐ条件となる。
 名こそが「土地」の価値を伴うこととなり、やがては名のみ高いものであっても、その「名」が「土地」と同じような価値を持つようになる。金兌換を停止したあとの通貨みたいなもんか。
 名のみのサムライでもその「名」を挙げることで、やがて「一所懸命」な武家に肩を並べられるようになった。
 こいつが「砂漠の蝶の羽ばたき」となって下克上をもたらし、最終的には太閤検地によって、ほとんどのサムライは土地から引きはがされることになったのだった。


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