2016年2月12日金曜日

AIに愛はなくとも

大友克洋、武器よさらば
    大友克洋という元漫画家(元ってつけたくなるよねえ)の短編に、『武器よさらば』という印象的な作品がある。
 未来のとある戦場での、「ゴンク」というロボット兵器、というか今ならドローン兵器とでも形容した方がいいのか、そういう自動兵器との格闘を描いたものだ。(スターウォーズのとは関係ない。たぶん)
 このゴンクは、旧式洗濯機に手足がついたようなデザインながら、大出力の粒子ビームをばんばん放つ凶悪なシロモノだ。
 高度に機械化された一個小隊をたった一台で壊滅させるこの兵器には、確実に高度のAI(人工知能)が搭載されていることだろう。

 漫画の世界ばかりでなく、現実でも戦場へのロボットやドローンの投入はすでに研究されている。遠隔操作のミサイルでイラク軍を一方的に殺戮し、「ニンテンドー・ウォー」と呼ばれた湾岸戦争はもう二〇年も前のことだ。
 戦争とは、こちらの損害を限りなくゼロに、そして相手の損害を限りなく大きくすることが勝利につながる。それならばAIによって動く強力な自動兵器を投入すれば、大勝利間違いなし。小学生でもわかる理屈だ。
 じゃ、相手も同じように考えて、AIの兵器を投入してきたら?
 勝負はどのようになるのだろう?やっぱりどちらかが全滅するまでやるのか?てか、その戦争って意味あんの?それはもはや戦争じゃなくてゲームなんじゃないの?

 「戦争はあまねきものにして正しきもの」と言ったのはヘラクレイトスだが、科学のチカラでもって戦争をどんどん突き詰めていくと、まったくバカバカしいものにしかならない。もはやここには「政治の延長」(クラウゼヴィッツ)なんざ欠片もない。
 これが戦争の究極の進化形であるなら、やはり戦争とは下らないものでしかなさそうだ。
 そして、戦争によってその歴史を紡いできた「人類」の営みそのものも、下らないものだと言わざるを得なくなる。
 そう、AIの真の問題はここにある。
 ホーキング先生が心配するような人類を滅ぼすとかじゃなくて、AIが究極まで進化したなら、これまで積み上げてきた人類の歴史だの進歩だの調和だの、そうしたモロモロがぜーんぶ燃えないゴミになりかねないのだ。
 これは、人類ではなく、人間を滅ぼすことにならないだろうか?

純粋理性批判
    とまあ、高校生のような考察になってきてしまったが、それはもう数百年の昔に答えが出ている。純粋理性が批判された時点で、人間というものだけでなく、世界そのものがそれだけで答えを出せるものじゃない、という「答え」が。
 人間は確かに愚かだ。
 しかし、愚かなのは世界の中に存在するゆえなのだ。
 だから、愚かなまま知性や理性や論理や科学を乗り越えてゆかなくてはならない。

 結局何が言いたいかというと、単純に賢いだけじゃ限界があるってこと。ホーキング博士のような人ですら、こうやって哲学の初歩の問題にひっかかっちゃうんだから。
 ちなみに、『武器よさらば』の「ゴンク」は、非武装の人間を殺さない。それゆえに残酷だという結末になっている。


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