ちょっと前、娘に「昔の少女マンガってどんなだったの?」ときかれたことがある。その問いに対して「すごいハンサムで頭も良くてスポーツ万能で、日本の学生なのに長髪で金髪で大金持ちの御曹司の男の子が、ドジでバカでこれといったとりえがなんにもない女の子に『そのままの君が好きだよ』とキスしてハッピーエンド、てな感じかな」と答えた。
それに対して、娘はたった一言感想を口にした。
「それって……クヒオ大佐?」
思わず爆笑してしまった。よくクヒオ大佐なんて知ってんな、と思ったら「テレビでやってた」とのこと。なんかもう映画にもなってんだよね。主演は今をときめく堺雅人だったりする。
今更解説するまでもないと思うが、クヒオ大佐は結婚詐欺師で、米軍特殊パイロットでエリザベス女王の親戚でカメハメハ大王の末裔という、ドラマ脚本なら「盛り過ぎだね」と没を食らいそうな設定で詐欺を働いた人物だ。
そんな詐欺に騙された女性をくさすのは簡単だが、前回の宝塚の二五箇条と同じく、ここから「ブス」な「父親」からの逃避願望を読み取ってみたい。もちろん少女マンガにもそれはあるが、宝塚と重なりすぎるので、こっちはこれ以上つっこまないことにする。
さて、根本的な問題として、「父親」はいつ「ブス」になったのか?、ということがある。
まず問題の前提として、この場合の「父親」はポストモダン思想などで語られる「父」とは別物である。「父親」は「父」のように絶対ではない。世界を分断して名づけ子に与えるということもしない。カフカやブルーノ・シュルツの小説に登場する圧倒的な存在の「父」と、風呂上がりにパンイチでうろつく「父親」は別物である。「親父」もしくは「オヤジ」と書いても良いのだが、そうすると「血のつながり」のニュアンスが薄れてしまうので、「父親」と表記しておきたい。
そうして表される現実の「父親」は……家でいつもムスっとしていて、家族に何かしてもらっても礼を言わず、食事をしてもおいしいとも言わず、死んだような眼で「疲れた」を連発し、への字口で小心でためいきばかりつき、いじけている割に自分だけが正しいと信じ、愚痴っぽく恨みがましく妻に責任転嫁して、悪いのは上司で同僚は小狡く、社会参加せず社会不信で、無駄にエラそうな割に傷つきやすく、俺はダメだとこぼしつつどこがだめなのか考えず、ネクラで仕事が嫌いで、そのくせそうした事柄全部に自覚がない。
これが宝塚のいう「ブス」であり、宝塚がその空間から排除しようとする「父親」なのである。
では、直球で「父親」に訊いてみよう。
「なんでそうなったの?」
「父親」は間違いなくこう答えるだろう。
「仕事が大変だからだ!!」
もっと回りくどくだらだら続けるかもしれないが、この一言に集約される。
これは単なる言い訳だろうか?
いや、実はこれもまた、まごうことなき「真実」なのである。ちょっぴりウソが混じってるけど。
その真実とは
「働かされることは人をブスにする」
ということである。思想っぽく言い換えると、
「労働は人間を醜悪にする」
となるだろうか。
ここで「ちょっぴりのウソ」について解説しておくと、「父親」は外で「仕事」をしていない。しているのは「労働」である。
以前、「家事は『仕事』か『労働』か」というエントリーでふれたが、「仕事」と「労働」は別物なのだ。言葉においても、労働時間とは言うが仕事時間とは言わない、仕事場とは言うが労働場とは言わない、肉体労働と言う呼び名はあるが肉体仕事はない、そして「父親」は「仕事に行く」と言うが「労働に行く」とは言わない。
「仕事」は人に「自由」を与え、それに携わる者を輝かせる。
「労働」は人を「不自由」にし、それに囚われる者を醜くする。
だから女の子たちは、「労働」する「父親」よりも、「仕事」をする「パパ」の方が大好きなのだ。
この場合の「仕事」とは、外国客船の船長であり、超有名な芸術家であり、旅客機のパイロットであり、米軍の特殊パイロットである。
しかし、働かざるもの食うべからず、労働は尊くまた美しかるべきもののはずではないか?
なんでこのようなことが起きてしまうのか?
そういえばナチスの収容所にはこのような文言が掲げられていた。
「労働は人を自由にする」Arbeit macht frei
これがまったくの虚妄であったことは、歴史が教えてくれる。
実はドイツ語でも日本語と同じような言葉の混乱と、それに乗じた詐術がなされていて、arbeitenとherstellungは同じような意味を持ちながら別な使われ方をしたりする。
つまり、「仕事」と「労働」を使い分けることによる詐術が行われるのは、何も日本だけではなくナチの収容所でも同じなのだ。あまりうれしくないが。
そこに生じる問題を「疎外」とマルクス主義っぽく語ってもいいが、それだと「ブス」になる謎が解けないように思う。
では次回、「労働」はいつ「人」をブスにするのか?
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