2016年2月11日木曜日

AIに愛はあるか?

ホーキング、未来を語る (SB文庫)
 ちょっと前のことだが、有名な物理学者のホーキング氏が、「AI(人工知能)をほっといたら、いつか人類を滅ぼしちゃうよ」という、ターミネーターに出てくる未来世界みたいなことを言い出して物議をかもしたことがある。


人工知能で人類は滅亡する? ホーキング博士の警告で議論再燃


 んー、まあ、素粒子がどうしたとかの理論よりはわかりやすいかな。
 でも、なんで人類を正しい方向に導くはずの「科学」が、こんなものを生み出すという結論に至ってしまうのか、ということについての考察がない。これに反論してる科学者はもちろん、評論家のセンセイ方にもない。「人工知能が完成するのはまだ先だ」なんてのは、考察の名に値しないし、ホーキングを「大げさだ」と詰っても何の解決にもならない。これは「科学が核兵器を生み出した」というのとはまた別の問題なので、冷戦期にヒッピーなんかが口にした科学批判とかも役に立たない。
 なぜなら、ここに科学の本質の一つが現れているからだ。まあ、科学っつーか、それの土台になる知性とか理性とか論理とかかな。

 昔々その昔、人類は愚かだった。
 どのくらい愚かかというと、他の動物よりも愚かだった。他の動物よりも飢えで死にやすく病いで死にやすく、肉食獣からはらくちんに捕獲できるおやつ程度の存在だった。
 愚かだったので「死」というものを過剰に恐れた。受け入れがたいものと考えるようになった。
 死ぬのはいやだ、恐い、死ぬの反対!「死」こそはもっとも理不尽で受け入れがたいものとなった。
 で、それは今も続いている。
 え?まだ愚かなまんまなの?というわけだが、まあ少なくともお釈迦様の教えに従うなら、その通りだろうねえ。
 とにかく「死」を理不尽なものとして排除するべく、人間の知性は発達した。それにともなって生まれた理性も論理も、「死」に対して受容的ではなかった。
 ここで気づかなきゃなんないのは、「人は必ず死ぬ」ということ。人だけじゃないけどね。
 じゃ、必ず死ぬという「人」の存在は、知性や理性や論理、そしてそれに基づいて築かれた「科学」にとって、理不尽になってくるのではないか。
 つまり、「科学」は理不尽な「人という存在」を排除するのが本質なのだ。

 すごくかっ飛ばして書いてるので、あ、あれ?あれれ?な感じになってると思うけど、もともと「死」を理不尽なものとして排除しようとすることが理不尽なわけで、こういうことになってしまうのだ。
 そんなわけで、AIが人類を理不尽な存在として排除してしまうのではないか、というホーキング先生の心配はまったくもっともなことなのだ。
 こういう問題は、いくら理数系の人が頭をひねっても答えが導きだせないことなので、こんなときこそ「哲学」というやつが必要になってくる。SF作家じゃなくて。
 まあ、大学は理数系だけにして文系は排除しようとか考えてる人たちは、とっととAIに滅ぼされれば良いと思うけどね。

 えっと、次回に続きますです。


AIの衝撃 人工知能は人類の敵か (講談社現代新書)

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