2016年7月4日月曜日

ほんまでっか?ハイデッガー!【…はナチスだったんだよの続き編】

……犬存在Hundenseinとは、これは──それが在るということは──僕にとっては、存在者Seiendeたる犬が現Daのなかに投げられて在るGeworfenseinことを意味する。しかもそれも、彼の世界内存在In-der-Wert- Seinが犬の現Hunde-Daであるような、そんな具合に。……
……………
 ギュンター・グラス『犬の年Hundejahre』の一節である。ナチス政権下で、シュテールテベーカーという空軍補助隊員が口にするハイデガー「もどき」の言い回しだ。断っておくが、抜き出した部分の「哲学」は、ほぼデタラメのパロディである。『犬の年』にはこうしたハイデガーのパロディがちょくちょく出現する。翻訳者の中野孝次はこのパロディを訳すために、三種類の『存在と時間』に目を通したという。そしてあとがきでこのように憤っている。
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……これは翻訳の中でただひとつ少しも楽しくなかった点だ。ハイデッガーなぞ糞くらえ、ぼくは生涯二度とこんな哲学に手を触れないだろう。
………………
 なんとも、お疲れ様。

 ナチスを支持する学生の中にはハイデガーを信奉するあまり、口調や歩き方まで真似するものがいた。きっとグラスの身近にも、そんなのがいたのだろう。
ハイデガーとナチズム
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率直に言って、私は当時ハイデガーの同僚でなかったことを有難いことだと思う。師を見習って、その咳払いの仕方、唾を吐く仕方まで見事に真似てみせる学生たちがあたりにうようよしていたからである。H.G.ガーダマー
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 そうした学生たちの中から頭一つ抜きん出た女生徒がいた。
 のちに『全体主義の起源』を著し、ファシズムの根源を暴いたハンナ・アーレントである。

 アーレントは成績抜群で、鋭い質問をビシビシ飛ばすことで教師たちから恐れられていた。しかし、ハイデガーにはすっかり心酔していた。
 おまけに、とても美しかった。
   なので、むっつりすけべのハイデガーは、この才色兼備の女生徒を愛人にしてしまったのだった。
 こうした不倫関係は、もしかしたらよくあることなのかもしれない。がしかし、ハイデガーとアーレントの間には、不倫ということ以外に厄介な問題が一つあった。
 それは、アーレントがユダヤ人だということである。
 ハイデガーの妻はナショナリストであり、夫より以前からナチスの支持者だった。それまで政治向きのことに疎かったハイデガーを、ナチスに引き込んだのは妻だという説もある。実際、戦後に占領軍から尋問を受けた際、ハイデガーの妻は「自分が夫をナチスに引き込んだので、夫がナチスに染まっているわけではない」と弁護したそうだ。
 そして、ハイデガーの妻はユダヤ人が大大大大大大嫌いだった。
 
 しかし、ハイデガーとユダヤ人の交流関係は深い。
 だいたい現象学の師であるエドムント・フッサールがユダヤ人だし、弟子であるカール・レーヴィットもそうだ。その他、知人・同僚にもユダヤ人はいた。ハイデガーには息子が二人いて、弟子のレーヴィットはよくそのお守りをしていたという。レーヴィットとハイデガーは家族ぐるみの付き合いだった。
ナチズムと私の生活―
仙台からの告発
 (叢書・ウニベルシタス)
    一九三六年、レーヴィットがローマに滞在している時、講演でやってきたハイデガーと出会った。そして、久闊を叙するため、レーヴィット夫妻とハイデガー一家は揃ってハイキングに出かけた。
 レーヴィットがローマへ居を移したのは、ナチスによるユダヤ人排除のため、ドイツにいられなくなったからだった。
  しかし、ハイデガーは上着にナチスの党員バッヂをつけたまま、ハイキングにやってきた。
ナチスの党員バッヂをつけたハイデガー
    ハイキングの最中にレーヴィットは『新チューリヒ新聞』紙上の論争について話した。そこではカール・バルトがハイデガーを攻撃し、シュタイガーがハイデガーを擁護していた。レーヴィットはそのどちらにも不賛成であると表明した。なぜなら、「ハイデガーのナチズム支持は、ハイデガー自身の哲学の本質に含まれている」からだと、ハイデガーに面と向かって指摘した。
 ハイデガーは、弟子の指摘にそのまま同意した。
 そして、自らの歴史性Geschichitlichkeitという概念が、自分の政治的「出動」の基礎だ、と述べた。さらにヒトラーに対する信頼についても、疑問を挟むことすらしなかった。
 想像するだけでめまいがしそうな、シュールなハイキングである。

 ハイデガー自身がユダヤ人に対して差別的な思想を持っていたか、については議論の残るところではある。
 しかし、師フッサールが大学を逐われ、愛人アーレントがアメリカに亡命し、イタリアにも居づらくなったレーヴィットが日本に渡って東北大学で講師をすることになっても、ハイデガーはそうした事柄についてわずかな不満すら漏らすことはなかった。
 それは、他のユダヤ人の知己についても同様であった。

 次回に続く。

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