荒井注
「ジスイズアペン」と言えば、今は亡き荒井注の持ちネタだった。ピコ太郎とかいうのが出てきて久々に思い出した人も多いだろう。
This is a pen. という、簡単でありながらおよそ日常で使用することはないであろう文について、日本語訳は「これはペンです」で定着している。これ「は」ペンです?じゃあ、これ「が」ペンです、という場合はどうだろう。This is the pen. だろうか。しかしこうなると、This is a pen. のように単独に取り出せないし、ニュアンスが微妙にずれている。冠詞というやつはまったくやっかいだ。ドイツ語ときたらそれに加えて男性・女性・中性で異なったり格変化もする。ああよかった、日本語に冠詞がなくて、という話ではなく、この単純でありながら非日常的な文において、ペンの「存在」を問うとしたらどうだろう?
「これはペンです」ではなく、「これはペンである」とする。
「である」として、やや説明的に存在を語るのは「本質存在 essentia」と、哲学用語では呼ばれる。それに対し、「がある」は「事実存在existentia」とされる。
プラトン ピレボス (西洋古典叢書) |
しかし、「ペンがある」とすると、「これはペンがある」というのは間違った言い方になる。ではやはり「これがペンである」だろうか。それだと文脈としてペン以外の諸々を想定しなければならず、「諸々」としての「類」を語ることで「存在」について示すことになる。これは「存在は類」だとしたプラトンっぽい。アリストテレスの存在論はこれを否定して、ハイデガーもアリストテレスにならっている。なぜなら、事実存在として「がある」と語ることは、非常に重要な背景を提示してくれるからだ。
その辺のことを日本語で書くと、意外にもとてもわかりやすくなる。ドイツ語よりもずっと。
もう一度「ペンがある」に戻ろう。事実存在として「ペンがある」というとき、「これはペンがある」とは表さない。日常で使用しないどころか、決して声に出してはいけない間違った日本語である。正しくは「ここにペンがある」となるだろう。
「ここに」と「ペンがある」と文をつなぐことから見えてくるのは、「ペンがある」というペンの事実存在は、「ここ」という場所とその背景の時間、つまりは「いま、ここ」とわかちがたく結びついているということだ。
事実存在を略して「実存 ousia」であり、それは「財産 ousia」であり「土地 ousia」であり、それらにわかちがたく結ばれている「いま、ここ」が、「ここに」ペン「がある」とするとはっきりくっきり見えてくる。ハイデガーが万言を費やして説明した「存在と時空の結びつき」が、この単純な文法の中にすんなり自然に表れてくるのだ。
ハイデッガー ツォリコーン・ゼミナール |
そこでハイデガーはテーブルの存在について語っている。
…………………
……たとえばテーブルの実存的realな(註:realを実存的と訳しているが、普通に物質的と考えて良いと思う)述語とは、そのテーブルが現実wirklichに存在しているか、あるいはただ表象されているだけなのかとは関わりなく、丸い、固い、重いなどです。
これに対して、存在は、たとえテーブルをもっとも小さな部分にまでばらばらにしても、テーブルにおける実在的な何かとして見つけ出すことができません。
……………………
わたしたちはテーブルに存在existenzを認めzusprechenながら、同時にテーブルの一つの性質としての存在を否認absprechenしています。
……………………
『ツォリコーン・ゼミナール』は、精神科医メダルト・ボスがハイデガーをツォリコーンの自宅に招き、彼とその弟子や知人の精神科医たちに「哲学講義」をしてもらった、その記録である。
このゼミナールは十年に渡って開講され、ボスやビンスワンガーによる精神分析手法である「現存在分析」に多大な影響を与えたという。なお、ボスはハイデガーとナチスの関係について周囲から警告を受けたが、『存在と時間』に感銘を受けてハイデガー招致を決意したと前書きで述べている。
ハイデガー(左)とM.ボス(右) |
……わたしたちはこのテーブルをまず記述しました。しかしそれはわたしたちの関心事ではありません。わたしたちが関心を向けるのは、「存在するテーブル」だけです。
……………………
テーブルが人間と同じようなありかたで空間の内にありえないのは、それが作られたものだからでしょうか。……製作するherstellenということには、「ここに立つhier stehen」という意味があります。テーブルはすでに作るという関わりから離されています。手仕事と芸術の意味は、作られたものがそれ自身で立ちうるということです。
……………………
空間は人間の本質に属しています。わたしは空間内の事物に関わり、それを通じて空間にも関わっています。空間は人間のために開けています。
……………………
などと、ハイデガーはゼミナールの最初の方(一九六四年七月六日)で語っているが、三日後にはこう言いだす。
…………………
この前のゼミナールは、どちらかといえば失敗でした。
……………………
またお得意の必殺「ちゃぶ台返し」である。テーブルだけど。
しかし、なぜ失敗したのか。「存在」について語っているのなら、テーブルについてだってきちんと語れるはずではないか。
と、ここでまた次回に続きます。
メダルト・ボス、東洋の英知と西欧の心理療法―精神医学者のインド紀行 |
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