2014年4月2日水曜日

なぜおばあさんというものは怖い話をごく普通のことのようにして話すのかPart.3

 あれは確か、私が保育園に通っていた頃だと思う。まだ白黒だったテレビで『河童の三平』を見ていた。
 珍しくおばあさんも、いっしょにテレビを見ていた。
 ストーリーはよく憶えていないのだが、三平という男の子と河童が瓜二つで、それでいろいろな事件が起きる、というものだったと思う。水木しげるの出世作である。
 テレビに熱中する私の横で、おばあさんはぼんやりした表情でそれを見ながら、ふと思い出したように口を開いた。
「河童はな、ああいうのと違うで」
 私はテレビに熱中していて、ろくに返事もしなかったと思うが、おばあさんはそのままぽつぽつとしゃべった。
「まず、頭にお皿なんぞない」
「えー?」
 確か保育園で読んだ絵本でも、河童の頭にはお皿があるという決りになっていたので、私は怪訝に思った。
「ほんでな、体が透き通っとる」
 おばあさんの口調は、昔見た役者の某について語るようなふうで、どこか確信に満ちていた。
「あとな、背が大きい。電柱より高い」
 当時の電柱と言えば木製で、現在のものよりずっと低いが、それでも三、四メートルはあっただろう。
 おばあさんは「自分が見た」とは語らなかったが、本当に居る河童について、まるで幼い私に地動説でも教えるようにして言い聞かせた。
 たったこれだけの話だが、少しくおかしな部分がある。
 河童というが、おばあさんはなぜそれを河童だと分かるのか。そんなものがいたとして、まったく河童らしくない。だいたい、日本中に伝わる河童は皆、子供くらいの大きさ、ということになっている。

 河童についてはこのあと、おばあさんは何も語ることはなかった。
 が、ただ一度だけ、もしかするとあれはそうだったのかな、ということはある。
 幼い頃過ごした家の近くには、河とその流れを御する大きな堤防があった。
 堤防の上には砂利道があって、どこかへ行った帰り道のことだったと思うが、おばあさんが私の手を引いてそこを歩くうち、ふと口を開いた。
「河の方から呼ばれても返事したらあかんで」
 それはまるで「車の前にとび出すな」というような、ごく当たりまえの口調だった。

 毎年のように土左衛門が上がったという河は今、遊泳禁止になっている。




貸本版河童の三平(上) (水木しげる漫画大全集)
 貸本版河童の三平(下) (水木しげる漫画大全集)

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