あれは確か、私が保育園に通っていた頃だと思う。まだ白黒だったテレビで『河童の三平』を見ていた。
珍しくおばあさんも、いっしょにテレビを見ていた。
ストーリーはよく憶えていないのだが、三平という男の子と河童が瓜二つで、それでいろいろな事件が起きる、というものだったと思う。水木しげるの出世作である。
テレビに熱中する私の横で、おばあさんはぼんやりした表情でそれを見ながら、ふと思い出したように口を開いた。
「河童はな、ああいうのと違うで」
私はテレビに熱中していて、ろくに返事もしなかったと思うが、おばあさんはそのままぽつぽつとしゃべった。
「まず、頭にお皿なんぞない」
「えー?」
確か保育園で読んだ絵本でも、河童の頭にはお皿があるという決りになっていたので、私は怪訝に思った。
「ほんでな、体が透き通っとる」
おばあさんの口調は、昔見た役者の某について語るようなふうで、どこか確信に満ちていた。
「あとな、背が大きい。電柱より高い」
当時の電柱と言えば木製で、現在のものよりずっと低いが、それでも三、四メートルはあっただろう。
おばあさんは「自分が見た」とは語らなかったが、本当に居る河童について、まるで幼い私に地動説でも教えるようにして言い聞かせた。
たったこれだけの話だが、少しくおかしな部分がある。
河童というが、おばあさんはなぜそれを河童だと分かるのか。そんなものがいたとして、まったく河童らしくない。だいたい、日本中に伝わる河童は皆、子供くらいの大きさ、ということになっている。
河童についてはこのあと、おばあさんは何も語ることはなかった。
が、ただ一度だけ、もしかするとあれはそうだったのかな、ということはある。
幼い頃過ごした家の近くには、河とその流れを御する大きな堤防があった。
堤防の上には砂利道があって、どこかへ行った帰り道のことだったと思うが、おばあさんが私の手を引いてそこを歩くうち、ふと口を開いた。
「河の方から呼ばれても返事したらあかんで」
それはまるで「車の前にとび出すな」というような、ごく当たりまえの口調だった。
毎年のように土左衛門が上がったという河は今、遊泳禁止になっている。
貸本版河童の三平(上) (水木しげる漫画大全集)
貸本版河童の三平(下) (水木しげる漫画大全集)
0 件のコメント:
コメントを投稿