2019年6月22日土曜日

天使が遠ざかりながら「過去」をカメラで写したとしたらこんな映画になるのだろう

 幼い頃見る夢はどれもモノクロだった。
 それは当時当たり前のことで、色付きの夢を見るのは「き○がい」に多い、などと子供向けの学習雑誌(小学館のやつ)に堂々と書かれていたのを憶えている。なので、たまにカラーの夢を見ると、子供心にショックを受けたりもした。
 だいたい夢だけではなく、写真も映画もテレビもモノクロだった。
 今は、夢を見るとほとんど色がついている。写真も映画もテレビもカラーが普通だ。色付きの夢を見ることが、特殊なことのように言う人もいなくなった。
 だが、幼い頃のことが夢に出てくると、それは今でもモノクロのままだ。
 遠ざかる記憶は色彩を失うものなのか。
 誰もがそうだとは限らないだろうが、過去における「何か」を克明に映そうとするとき、人はそれをモノクロで表すことが多いようだ。
「何か」とは、およそ「罪」に関わる何かである。



 「見えないがそこにいるな?」 "I can't see you. But I know you're here" と、映画『ベルリン・天使の詩』でピーター・フォークは言う。
 人間から天使は見えないが、天使は人間を見ることができる。ただ「見る」こと ’だけ’ ができる。人間の見る世界はカラーだが、天使の見る世界はモノクロだ。
 天使は人間たちの「罪」をただ眺めていて、天使の眼を通した世界からは色彩が失われている。
 ここで思い出すのは、やはりベンヤミンの天使である。
 未来へと吹き飛ばされる天使は、世界が瓦礫の山に変わりゆくのを見る。
 それは天使にとって、世界が色彩を失ってゆく過程であるのかもしれない。

ベンヤミン・アンソロジー (河出文庫)
   ここで最近観たモノクロ映画の話をしよう。
 アルフォンソ・キュアロン監督の『ROMA/ローマ』である。
 アカデミー賞ももらったし、全国の大きな映画館で放映されたから、きっと目にした人も多いだろう。いや、多くあってくれ、と願う。できるだけ多くの人に見てもらいたい映画だからだ。
『ROMA/ローマ』予告編

   この映画はNetflixで配信された。Netflixというサービスについてよく知らないし、知ろうとも思わないし、使いたいとも思わないが、そういうネットで配信された映画にアカデミー賞が贈られることについて、よく思わない人も多かったようだ。
 中でもスピルバーグは、この映画がアカデミーを受けることについて、猛烈に反対したそうだ。

スピルバーグ監督「Netflixはアカデミー賞の対象外に」 “劇場派”が反感持つ背景とは
https://blogos.com/article/362425/

 スピルバーグはあーだこーだと理屈を述べ立てているが、それでもどうにもならないことがある。
 それは、スピルバーグがアカデミー賞をもらった『シンドラーのリスト』よりも、この『ROMA/ローマ』の方が作品として上だということだ。
 そういえば、『シンドラー』もモノクロ映画だった。別にこれだって悪い映画じゃないし、どちらかといえば水準以上に仕上がった良い映画だ。でも、スピルバーグが撮った「罪」は、あくまでナチス「だけ」のものであって、ユダヤ系のスピルバーグ自身には全く降りかかってこない。
『ROMA/ローマ』は、何も知らなかったが故の監督自身の「罪」を、できるだけ忠実に写し撮ったものだ。遠ざかる天使がカメラを持ったなら、きっとこんな映画を作るだろうと、そんな風に思わされる。
 スピルバーグがSF映画で名を成したように、キュアロン監督も『ゼロ・グラビティ』(この映画は見てない)という宇宙モノで評判を得た。
 そして、スピルバーグと同様に「過去」を振り返る映画をモノクロで作り上げ、アカデミー賞に輝いた。
 観客動員数も映画の収益も、明らかにスピルバーグの方が上だろう。
 だが、双方の「映画作り」の才能だけを比べるならば、スピルバーグよりもキュアロンの方が上だ、とはっきりとわかる。
 それくらいこの『ROMA/ローマ』は良い映画なのだ。

 なお、Netflix等によって家庭でこの映画を観た人は、どうかもう一度映画館で見直してみてほしい。音響の設備がいい加減だと、あの海の迫力がリアルに伝わらない、と懸念するからだ。


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